第2章 邪魔者
第8話 探偵ごっこ
始業前、朝の教室。奏斗は自席で本を読む態勢を取りつつ、周囲の様子を窺っていた。幸い、彼の前髪は目が隠れるくらい長いので、周りがとくに怪しむことはない。
休み時間の読書が何よりの楽しみである奏斗が、それを削ってまで周りに目を向けている理由は、もちろん慧の要望が絡んでいる。
『邪魔者を排除してもらいたい』
―日向絡みで俺たちの関係を気に食わない人物か。やっぱりあいつらと同じ中学の奴なんだろうな。
慧の話しぶりからして、小夏とその人物には過去に何か因縁があることは確かである。そして、慧がそのことを知っていることや小夏が入学式以降あまり学校に来ていなかったことを踏まえると、やはり、怪しいのは高校以前に彼らと同じ学校だった人物だろう。慧と小夏の小学校は別々らしいので、中学の同級生が怪しい。
奏斗はとりあえず、教卓の周りで盛り上がっているスクールカースト上位者たちを観察してみることにした。あの中に目的の人物がいたら厄介だなと思いながら、観察を続ける。そして奏斗はある重大な事実に気づいてしまった。
―俺、誰が誰と仲いいとか同じ学校だったとかわからないな? というか、誰が誰だか分からないし、推理のしようがない……
今だけはクラスの目立つ人物さえ覚えられない自分の無能な記憶力を恨んでいると、最近見慣れた美少女がいつの間にか奏斗の隣に座っていた。
「意外と律儀に調査するんですね」
「……真白!?」
奏斗の隣の席の人物は今ちょうど席を外しているらしく、開いた席にふゆが整然と腰かけていた。普通のぼっちなら他の人の席に堂々と座ることは難しいような気もする。そういうことが出来るのは一部の陽気な奴だけだと思っていた奏斗は目をぱちくりさせていた。
「でも、その様子からして、ちっとも推測できていなさそうですね。きっとクラスメイトの顔を全く覚えていないんでしょう」
「なんでわかる……」
「そんな顔をしていました」
「……うそだな」
目が隠れている上に表情が変わらない奏斗の状況判断など誰の目から見ても不可能だ。しかし、彼女は瞬時にそれをやってのけた。
―あてずっぽうにしては出来過ぎている。ということは無表情同士で通じる何かがあるのか? ……いや多分それはない
奏斗がふゆに疑念たっぷりの目を向ける。しかし、そんな視線を気にすることなく、彼女は静かに続けた。
「お手伝いしましょうか?」
「え?」
「私、人の顔と名前はわりとすぐに覚えられるんです。私も少しの情報なら手にしていますし、共有した方が早く真相にたどり着ける気がします」
意外にも、ふゆは自分で調査に動いているようだった。面倒ごとを毛嫌いする彼女らしくないなと思っていたが、どうやら推理小説を読んでいる時の犯人捜しのようでわくわくしているらしい。
「まず、このクラスに日向さんと同じ中学だった人物は、秋月君以外に四人います。その四人が一番怪しいと思いますね」
「やっぱり、真白も同じ中学の奴に焦点をおくんだな。俺も怪しいのはその線だと思う」
「はい。ちなみに、その四人のうち三人はあの中にいます」
そう言って、ふゆが目を向けた先にいたのは、先ほど奏斗が推測をあきらめた陽キャ集団だった。どうやら先ほどの授業の先生の話題で盛り上がっているようで、手を叩きながら爆笑しあっている。
―何がそんなに面白いのかさっぱり分からないけど……
集団は全部で六人。そのうち四人が女子で、残り二人が男子だった。
あの中のどの三人が該当人物なのかは当然検討もつかないので、奏斗はひとまず、ふゆの説明を聞くことにした。
「まず一人目は、
「……脳筋て。真白ってたまに毒気を感じるよね」
ふゆは何のことですかと言わんばかりに首をかしげている。追及してもしかたないので、奏斗は紹介されたガタイの良い男子生徒に視線を戻した。野球部だが坊主ではなく、さっぱりした短髪で、爽やかな笑顔が特徴という印象の人物である。
「で、二人目が、
「おい。聞こえたらどうする……」
ふゆの毒舌にツッコみながら、副委員長に目を向ける。淡い桜色の髪をふんわりと後ろでまとめた彼女は、あどけない笑顔を浮かべていた。ぱっちりとした目元は幼い顔立ちを際立たせており、見る人の保護欲を掻き立てる。人気があるというのも何となくわかる気がする。
「三人目は、
ふゆが言葉に詰まり、何やら考え込んでいる。それを見て、奏斗はなんとなく彼女の行動の意味を察してしまった。
「……無理に毒舌吐こうとしなくていいから」
「そうですか? 春永くんが期待しているような気がしたのですが」
「してないしてない」
奏斗はだんだんふゆが自分をからかっているような気がしてきた。
―これは真白なりのジョークなのか? んー、でも表情からは全くわからないし、これはこれで厄介だな……
読めない銀髪美少女に混乱する。しかし、今集中すべきは『邪魔者』探しなので、もう一度、騒がしい集団に視線を戻す。水上彩。ネイビーブルーの髪のショートヘアで、クールな印象を受ける人物だ。しかし、案外表情は柔らかく、人当たりがよさそうにも見える。
「んー、普段の様子見てるだけじゃ、誰も悪いやつには見えないな……」
「そうですね。別に犯罪者を探しているわけではないですし、当然だと思います。やはり、『邪魔者』さんが頭角を現すまでは何もしない方が懸命な判断かもしれないですね」
「……そう、だな」
そもそも、慧たちの言う『邪魔者』が本当に動いてくるのかは定かではない。要らぬ心配をしていても意味がない。おとなしく、手元の愛読書に目を落とそうとした時、後ろで椅子を引く音がした。
「何してんだよ」
「……日向」
複雑そうな表情の小夏が、授業の準備を机に置いて、頬杖をついている。カバン等は持ってきていないので、出られる授業だけは参加するという感じなのだろう。
「探偵ごっこは一段落ついたのか? 脳筋だとか、聞き捨てならんことが聞こえた気がするけど」
「……あー、真白って結構毒舌みたいでさ」
奏斗が遠い目でつぶやく。小夏に目を向けられたふゆは、小さくため息をついた。
「そんなことはどうでもいいんです。それより日向さん、教室に来て大丈夫なんですか」
慧とのやり取りからして、小夏は今まで教室に来られなかったほど、例の邪魔者が近づいてくるのを恐れていた。それなのに、彼女は今こうして教室に来ている。
ふゆの問いに、小夏はめんどくさそうに答えた。
「別に。ずっと
「それに?」
奏斗が尋ねると、小夏の瞳から輝きが消えた。
「……『邪魔者』は早めに排除した方がいいんだろうし」
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