第5話 バグ

「ただいまー」


 奏斗は家に帰ると、真っ先に自分の部屋に向かう。ふかふかのベッドにダイブすると、今日の疲れをどっと感じた。


 ―ここ二日で、未だかつてないくらいしゃべっている気がする。


 たまに授業で当てられると、がらがらな声が出るくらいにさびれた自分の喉が、ここ最近、大活躍している。


 奏斗が喉に手を当て、今日の疲れをいたわっていると、スマホのバイブがなった。待ち受け画面には、ポップアップが表示されている。それは、例のアプリに届いたメッセージを知らせるものだった。


【 管理者によって新機能が共有されました。】


 ―管理者って、秋月だよね? さっき言ってた、もう一つの情報共有システムかな


 アプリを開くと、メインメニューに新しいアイコンができていた。学校のようなマークに、新着情報があることを表す赤い印がついている。


 タップすると、シンプルな予定表が表示されており、明日の欄に時間割変更が記載されていた。他にも、明日提出の課題などが表示されている。それによく見ると、自分でも入力ができるようになっていた。


「……共有の予定表ってことか。これは便利だな」


 これなら、今まで通り自分で予定を管理する感覚で、より正確な情報を得ることができる。結局、慧がどのようにして自身の情報網を築いているのかはよく分からないが、こうして情報を得る手段を用意してもらえたことに奏斗はひとまず感謝した。


 明日の情報を確認していると、奏斗は先ほど慧に言われたことを思い出す。


 慧はこのアプリが上手く作動したことが確認できたので、渡した連絡先を消しておいてほしいと言っていた。


 もともと慧がこのアプリを作成したのは、この契約関係が解消した場合のストレスを緩和するため。関係解消後、必要がなくなった連絡手段を気兼ねなく消去するためであった。さっぱりとした人間関係だからこそできる考え方である。


 普通のチャットツールなら、一人一人の個人チャットの消去およびグループチャットを退会をする必要がある。しかし、このアプリに連絡先を集約しておけば、その一連はアプリを消去することで完了する。個別の作業が要らないので、気兼ねなく連絡先を消し去ることができるのだ。


 言われた通り、慧の連絡先を消去する。再び両親と姉、祖父母の連絡先のみ残った一覧を眺めていると、スマホが再び震えた。今度はトークスペースに新着があったようだ。


 < 明日の放課後、屋上に集合 >


 どうやら集合の要請らしい。しかし、どこか引っ掛かる気もする。


 ―秋月は今日、これから連絡をする場合には、このアプリ上で行うって言ってたはずだ。それなのに、こんなすぐに集合なんて何かあったのか?


 疑問に思いつつも、奏斗は返事を送った。


 < 了解  >


 それに続くように、了解の文字が並ぶ。このトーク画面には既読の表示がつかないが、この様子だと真白もメッセージを読んでいたらしい。


「……?」


 しかし、不可解なことが起こった。少し遅れて、2つ並んだ了解の下にもう1つ加わったのだ。


 < 了解 >


「こわっ」


 奏斗は思わず、スマホをベッドの上に放った。三つ揃った了解の文字は何だか奇妙だ。しかも、すべて吹き出しの色が違う。これじゃあ、まるでこのトークに四人の人物いるかのようである。


 ―多分機械のバグか何かだろう。きっとそうだ。


 不可解な現象に震えつつ、適当な理由をつけて自分を納得させる。すると、一階から姉が俺を呼ぶ声がした。


「かなとー! ご飯だよ!」


「はーい。今行く!」


 奏斗は深く考えないようにして、リビングに降りていった。


 *



 次の日の日中は、特段変わったことはなかった。強いていえば、移動教室の際に真白がそっと加わったくらいだ。二人の様子にも変わったところはない。


 ―やっぱり、昨日のはバグだったんだろうな


 奏斗の頭が、昨日の<了解>事件でいっぱいになっているうちに放課後になっていた。


 授業が終わると、三人は早速屋上に向かった。向かう道中も三人に会話はなく、ただ淡々と歩みを進める。恐らく呼び出した本人である秋月の背中を見ながら、奏斗は目を細めた。


 ―わざわざ屋上で話さなくてもよかったんじゃないか?


 屋上に出る扉の前に立つと、秋月がようやく口を開いた。


「……で、何でわざわざ屋上なんだ?」


 慧はじっと奏斗を見ている。それを見て、ふゆも奏斗に視線を移した。


「何で、俺?」


「お前じゃなかったのか」


「違う違う。俺は秋月だと思ってたけど……」


「そうか。……なら」


 慧が無言でふゆに視線を送るが、ふゆはふるふると首をふっている。すると、慧は少し伏し目がちに笑みを浮かべた。


「じゃあ、何としてでも四人目手に入れるぞ」


「「え?」」


 慧は何か思い当たる節があったようで、計画を簡単に説明してくれた。そして、準備を整えた三人は扉を開いた。



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