第4話 会議

 いつの間にか授業も終わり、約束の放課後になっていた。


 約束があるとはいえ、すぐに慧の席に飛んでいくわけではない。奏斗、慧、ふゆの三人は、まるで打ち合わせていたかのように、それぞれの席で、教室の人が帰るのを待っていた。


 ようやく、教室に三人だけが残ると、慧が立ち上がった。


「……じゃあ、連絡を始めていく」


 二人が慧の席の近くに集まると、話は始まった。


「今日集まってもらったのは、新メンバー紹介と、契約内容の確認のためだ。だが、顔合わせはもう済んでるし、今日は主にこれからの打ち合わせだな」


 奏斗がふゆの方に視線を送ると、彼女は小さく会釈した。その表情は相変わらず無機質だ。


 ―ほんとこの人、何考えてるか分からないな


 その言葉が思いっきりブーメランであることを彼は知らない。


「もう一人女子を入れるんだよね? 候補はいるの?」


「ああ。すでに交渉中だ。だが、少し渋っているんだ。彼女の了承が得られるまではしばらくこの三人がメンバーになる」


 言いながら、慧は自分以外の二人に目をやる。


「……それにしても、このチーム、表情筋が死んでる奴ばっかりだな。俺までおかしくなりそうだ」


 慧が困った顔でこめかみをおさえた。


「そんなことない。俺はきっと真白より感情豊かだよ」


 奏斗が笑顔(のつもり)で慧にグッドサインを送る。


「残念だが、それが顔に全く現れてないし見えないんだ。……まあ、確かに、真白は感情ごと無くなってそうだが」


 慧の発言を受けて、ふゆは真顔のまま彼を見つめた。対する慧は、全く悪気はないという様子である。


「何だか馬鹿にされてる気がしますね。めんどくさいので別にいいですけど」


 ―やっぱりこの人、人として大事なものを失ってるかもしれない……


 奏斗は、何だか心配になった。


「……聞きたいことはいっぱいあるけど、とりあえず、次の話題にいこうか」


 今回集まった理由は、主にこれからについての打ち合わせだ。


「そうだな。じゃあまず、これを送る」


 慧がスマホを操作すると、ふたりのスマホのバイブが鳴った。チャットで届いたのは、何かのURLだ。


「これ、押したらいい?」


「ああ」


 何か資料でも作ってきたのかと思っていたが、表示されたのは、全く違うものだった。


 スタイリッシュなデザインのアプリが表示されている。


「俺が作った専用アプリだ」


「作ったのか⁉」


「……本格的ですね」


 驚く二人を差し置いて、慧は説明を続ける。


「アプリを開いて、吹き出しのマークをタップしてくれ」


 URLを開き、アプリをインストールする。


 『Seasonal Bond』と表示されたアプリを開くと、いわゆるメインメニューのような画面になった。中央には、メカニックなアナログ時計が表示されており、端には、いくつかのアイコンが表示されている。


 言われたとおりに、吹き出しマークをタップすると、トーク画面のようなものが表示された。


「この画面を使って情報共有ができる。それぞれ共有すべき情報があったら自由に使ってくれて構わないし、契約内容の見直しや主な連絡事も次からはここでやろう」


 慧によれば、本当はもう一つ情報共有のための機能があるらしい。学校の時間割変更や提出物を共有できるカレンダーのようなもので、こちらの方が実用性は高いらしいが、時間の関係でまだ実装できていないという。今日の夜くらいには完成するはずだから待っていてほしいということだった。


 ―すごいな、秋月。こいつはやっぱり、ただの学年一位じゃない。


 高一にして、アプリを作り上げられるほどのプログラミングの腕をもっているらしい。慧の能力に感心した奏斗は、目の前の新しい連絡手段に興味津々だった。


「何か送ってみてもいい?」


「いいぞ」


 ―まずは、無難に…


[ よろしく。]


 画面上に、奏斗が打ったメッセージが表示される。普通のグループチャットのようだが、何かが違うような気がした。


「真白もいいぞ」


[ よろしく。]


 ふゆのメッセージらしいものが表示される。しかし、ふゆは首をかしげていた。


「……あれ?」


 無機質な声だが、あきらかに困惑がにじんでる。


「どうした、真白」


「私、今、 “よろしくお願いします。”と打ったつもりなんですが……」


 表示されているのは、“よろしく。”の文字。予測変換を間違えて押したのだろうか。しかし、それならこんなに戸惑ったりはしないはずである。


「……敬語しゃべりが、機械にはじかれた? でも、何で?」


 さらに、ふゆのメッセージを見て、奏斗はさっきの違和感の理由に気づいた。


 送信されたメッセージには、送り主の名前が表示されない。メッセージのふきだしの色だけが違っているくらいで、他に違いはなかったのだ。


「これだったら、誰が誰か分かんないな」


 戸惑いながら奏斗がつぶやくと、慧は笑みを浮かべた。眼鏡をくいっと上げ直す。


「それが目的だ」


「え? わざとなの?」


 これは、慧が世の一般論に基づいて製作したシステムらしい。グループチャットでストレスになる点としてよくあげられる、遠慮から積極的に会話を始められないことや、自分のメッセ―ジになかなか返事が来ないことを不必要に思い悩んでしまうといった問題を解決するようなシステムを慧は目指しているらしい。


「まあ、これは俺が興味本位で試作している機能だからまだまだ不完全だ。個人間のチャットはオーソドックスな形で作ってあるから、必要に応じて使い分けてくれ」


 グループチャットは匿名形式の一風変わったものだが、そのトーク選択一覧に個人の名前が並んでいる。基本的な情報伝達には個人のチャットを使い、グループチャットでは相談事ではなく、質問を投げかけたり、連絡事項を共有するのに使うといいだろうということになった。


 しかし利用目的がはっきりしたのにも関わらず、奏斗は不思議そうに先ほどのトーク画面を凝視している。


「……でも、今のやりとりで、色からの判断ができるようになったんじゃない?」


 奏斗が送ったふきだしは淡い水色、ふゆが送ったふきだしは白色になっている。色と個人の関係が把握できれば、このチャットでも個人を特定することは可能にみえる。しかし、その心配はないようだった。


「吹き出しの色は会話の終わりごとにリセットされる。機械が判断するのは難しいから、会話の始まりに新しいページを開く必要があるけどな」


 基本的には、グループチャットの皮をかぶった掲示板のようなものだと思えばいいだろう。


「俺たちが送るメッセージは、AIが目を通しているし、過激な発言は送信できないようになっている。まあ、それでもし問題がおこったら、俺らは解散だ」


 もし、悪意のあるメッセージが送られれば、メンバーの中に、裏切り者が紛れているということになる。それは、人間の道徳性うんぬん以前に、契約を破っていることになるからだ。


 契約関係である三人は、互いに無関心でいる必要がある。誰かが、メンバーに悪意を抱いたなら、それは無関心を超えて、踏み込んでしまったことになる。


 だから、そんな事件がおこったならば、契約は終わる。それは当然のことだった。


「友達という関係が、 “お互いに支えあう”というものならば、俺たちは、 “お互いに利用しあう”関係だ。いいな?」


 慧が不適な笑みを浮かべる。


「……うん」

「そうですね」


 夕日がきらきらと差し込む教室の雰囲気とは打って代わり、三人のまわりには何やら不穏な空気が流れる。


 しかし、そんな状況も長くは続かなかった。


 ガタンッ


 廊下から聞こえた物音に、三人が振り返る。しばらくすると、タッタッタッ……と走り去る音が聞こえた。


「誰かに聞かれた?」


 思わず顔を見合わせた奏斗とふゆ。それに対し、慧は少し俯いて笑みを浮かべると、小さくつぶやいた。



「……うまくいきそうだな」

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