第3話 雪女(?)到来

 次の日、奏斗は朝早く登校すると、自分の席でいつもの小説をひろげながら、別のことを考えていた。


 それは無論、昨日慧と話したことである。


 慧は昨日、奏斗と契約友達になる代わりに、女子を二人、メンバーに入れる提案をしてきた。奏斗はそのやりとりをぼんやりと思い出している―


「何で女子?」


 奏斗の純粋な問いに、慧は「まあ、聞け」という表情でこちらを見つめる。


「うちの学校はやたら行事が多いだろう? 遠足やら、課外授業やら。そして、その大半でグループ決めや、ペア決めが必要になる。春永、一番最初の大きな行事、何か知ってるか?」


「……確か、オリエンテーション合宿」

 

 うちの高校には、5月の終わりにオリエンテーション合宿があると聞いている。時期的には遅い開催だが、目的はクラスの仲を深めるといったところだろう。


「そうだ。オリエンテーション合宿では、グループ行動がある。そして、そのグループは男女混合らしい」


「だから、女子を入れておくってこと?」


「ああ、班決めの中でも難易度の高い男女混合の班を作っておけば、後々楽だからな」


 昨日のやり取りを思い出しながら、奏斗は疑問を感じていた。


 ―そんな都合のいい女子っているのか? まず、独りでいた人とかいたっけ


 奏斗は同じクラスの女子を、そんなに記憶していなかった。というか、男子もあまり記憶していない。慧には当てがあるようだったが、奏斗には全く見当がついていなかった。


 相変わらずの無表情で苦悩していると、隣に人の気配を感じた。見上げると、慧が単語帳を開いて立っている。そういえば一時間目は移動教室だった。


 慧は何も言わないが奏斗を待ってくれている。どうやら、契約は今日から有効らしい。


 奏斗が立ち上がると、慧も歩き始めた。廊下を横並びで歩く二人に会話はない。しかし、そんな奇妙な二人組も、周りから見ればただの“友達”に映っている。二人は、ただ周囲の景色に紛れていた。


 もうすぐ到着という時に、慧は小さなメモ紙を渡してきた。そこには、QRコードが印刷されており、その下には手書きの文字が書かれていた。


 < 今日の放課後、教室に残ってくれ。事務連絡をする。>


 ―事務連絡ってなんだろ……。そういえば、秋月、情報共有の仕方は俺に任せろって言ってたな。その連絡か?


 慧は自らの情報網を築いているという。それなら情報共有の手段は彼に任せた方が安心だ。


 席に着くと、まだ授業まで時間があったので、QRコードを読み込んでみることにした。読み込みのマークが消え、スマホ画面が切り替わる。表示されたのは、チャットアプリのアカウントだった。アカウント名は、< 慧 >。プロフィール画面も背景も未設定のままである。


 ―お前の連絡先かい


 奏斗は心の中で突っ込みを入れる。慧に視線を送るが、彼は目の前の単語帳に夢中だった。


 ―任せろって言ってたけど、結局、有名アプリの手を借りるんだな


 奏斗は、慧の連絡先を追加すると、スマホをポケットにしまいこんだ。


 *


 午前の授業が終わり、昼休みになった。二人は相変わらず、それぞれの席で食事をとっている。


 ―昼休みに関しては、相談してなかったな。まあ、無言で一緒に昼食とるのも不自然か


 奏斗が気を取り直して、大好きな卵焼きを頬張っていると、スマホのバイブレーションが鳴る。学校でスマホが鳴ることに慣れない奏斗は、慌ててスマホをポケットから取り出した。


 スマホの待ち受け画面には、慧からのメッセージが表示されている。


 < 昨日言ってた女子メンバーの候補だ。先に紹介しておこう。>


 ―紹介?


 しかし、送られてきたメッセージはそれだけで、後から何かが送られてくる気配はない。何かトラブっているのかと思い、慧の方を確認しようとスマホから目を離す。すると、目の前に可憐な美少女が立っていた。


「……へ?」


 サイドを編み込んでハーフアップにしたシルバーブロンドの長い髪が、窓から差し込む日の光を浴びてつやつやと輝いている。長い睫に、透き通るように白い肌は、まるで人形のようだった。


「……あなたが、春永くん、ですよね」


「……はい」


 凛としてかわいらしい声だが、感情の起伏が感じられないくらい無気力な声だった。さらに、人形かと疑うほどに表情が変わらない。


「私は、同じクラスの“真白ましろふゆ”です」

 

「……そう、でしたか」


 しばし続いた沈黙に、ここからどうしたらいい、と固まっていると、スマホのバイブが鳴る。


 < 雪女みたいなやつだろう >


 ―何言ってんだ、秋月。……というか、やっぱりこの人が女子メンバーの候補なのか。


「そのメッセージ、秋月くんからでしょう?何か失礼なことを言われている気がしますが、……まあ、いいです 」


 ―いいんだ……


>>ヴヴッ


 < 真白は、表情だけじゃなく、心も死んでいるんだ。>


 ―おい。何てこと言うんだ。ってか、秋月はなんでチャットで参加してるんだよ。


「秋月くんから話は聞いています。私も、契約を結ばせていただけますか?」


「……え? えっと……」


 ―これって俺が決めていいんだっけ。まあ、関係の提案者は俺だし、秋月が紹介してくれたってことはあいつは同意の上なんだよな?


「……真白がいいなら、いいと思います」


 奏斗の答えに、ふゆは小さく会釈すると、


「ありがとうございます。では、放課後もよろしくお願いします」


 と言って、さっさと自分の席に戻ってしまった。


 放課後もよろしく、ということは、慧の召集は彼女にもかかっていたらしい。


 ―秋月はどうやって真白を誘ったんだ? 知り合いだったのか?


 奏斗が思案しているうちに、次の授業の教師が教室に入ってきた。


「おい、春永」


「……はい」


「お前の後ろの席、今日も休みか?」


 振り返ると、奏斗の後ろの机にはたくさんのプリントやノートが積み重なっていた。


「……はい。そうだと」


「そうか。ありがとな」


 ―これ、一応整理しておくか。


 乱雑に置かれていたプリント類をかき集め、揃えてからその上にノートを置く。ふと、表紙に書いてある名前が目に入った。


【 日向小夏 】


 ―この人、いつになったら学校来るんだ? っていうか、こんな近くの席なのに、初めて名前を知った気がする……

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