第2話 悪魔のような男

 予想外の返しにポカンとしている奏斗に、慧は何か面白いものを見つけた、というような笑みを浮かべている。冷酷男と評されるくらいなので、てっきり冷たくあしらわれるかと思っていたが、噂よりも怖い人ではなさそうだ。


 かと言って、何を考えているのかよくわからない人物なのは変わりない。奏斗が黙っていると、慧は首をかしげた。


「……ん? 中二病的な話ではないのだろう? 俺は悪魔でもなんでもないからな」


「……もちろん。中二病は中学時代に卒業済みだよ」


 思わずいらん情報まで与えてしまったが、そんなことはどうでもいい。慧が話に食いついてきた。これはチャンスだ。


 奏斗は、計画の次第を説明した。


「……なるほど? 快適な一人空間を死守するために、目隠しが欲しい、と」


「そう。休み時間や移動教室を共にしたり、班決めやペア決めでは言葉を交わさずとも一緒になったりする。そうすれば、自然と周りの空気に溶け込むから、実質目隠しになる」


「たしかにな」


「でも、見せかけ上は友達でも、実態は他人。互いに深く干渉することはないよ」


 噂が正しければ、慧は他人との関わりを望まない。奏斗は、彼に拒絶されないように、これは友達になりたいという申し入れではないことを強調する。


「俺はいわゆる“ぼっち”だ。でも、俺はそれを恥だとは思ってないし、むしろ快適な状況だと思ってる。誰かに合わせて過ごすより、一人で本を読んでいる方が楽しい」


「そうだな」


 やはり慧も一人でいることを好んでいるのは間違いなさそうだった。肯定してくれた彼に安堵した奏斗は、自身の考えを全て吐き出した。


「でも、今みたいな説明をしたところで、多くの場合は、強がりだとか、かわいそうだとか、余計に哀れまれることになる。


 これを仮に【ぼっち哀れみ思想】としよう。この世の中、特に学校という社会は、この思想が強すぎると思うんだ。休み時間に独りでいたり、弁当を独りで食べるだけで、哀れむような不愉快な目線を時折感じるし、目が合うと変に気を遣われる。


 俺はこの思想の下敷きになりたくはない」


「なるほど?」


「だから、契約上の友人がいれば、そんな思想による不快感も少しは軽減できると思うんだ」


「それで、いわゆる“ぼっち”の俺に声をかけたのか。こんな話、友達至上主義の奴が聞いたら発狂するだろうからな」


 奏斗が頷く。慧は少し考えると、話を続けた。


「でも、それでは、対【ぼっち哀れみ思想】にはならないんじゃないか? 見せかけのものだとしても、友達がいなければ独りは肩身が狭い、と自ら認めていることになりそうだが」


「……まあ、そうともとれる。これはあくまで打開策だよ。俺の考えは分かってもらえない人が大半だろうし、それはそれで構わない。でも、互いのことは見せかけの関係であり、普段はただの他人、そう思っていることで対【ぼっち哀れみ思想】は保たれる」


「お前も案外こじれているな。でも、お前の言いたいことは分かった」


 慧が少しの間黙り込み、返答を考えている。一方の奏斗は、なんだか疲弊してしていた。おそらく学校でこんなにしゃべったのは、初めてだったからだ。


 しかし、それと同時に達成感も感じていた。自分の考えを最後まで聞いてもらえただけで十分だった。もう、しばらくは喉を休めておきたい。


 奏斗が腑抜けていると、慧が口を開く。


「じゃあ、俺の利点を教えてくれ」


「……え?」


「契約とは、互いの利益が見込まれてこそ、交わされるものだろう。俺は人の視線も特に気にならない。誰に何を思われていようが、それはただの赤の他人だからな」


 慧の顔に先ほどのような笑みはない。そのまなざしは真剣そのもの。それどころか冷たく奏斗を突き刺してくる。これが冷酷男と言わしめる所以なのかもしれない。


―秋月にとっての利益……


「……会話は基本的に情報交換のため、とすれば便利じゃない? ほら、一人だとどうしても急な時間割変更とか課題の追加に対応できなかったりするし……」


 ぼっちであることの難点。一つ挙げるとしたら、それはやはり情報の欠落だろう。ぼっちは誰かと共有することがないので、どうしても知らない情報が出てきたりする。急な時間割変更や、課題の追加、連絡事項。それら全てを自分だけで把握するのは、忘れものの多い奏斗には不得手であった。


 さらに、自分が欠席しても誰とも情報共有が出来ないため、不利益をこうむることも多々あったのだ。


 しかし、慧の表情は変わらない。冷淡な声が響く。


「俺は自分なりの情報網は築いているつもりだ。他に俺にとって利点はあるか?」


―やばい、こいつはプロのぼっちだ。


 慧の瞳に光は灯っていない。その姿はまるで悪魔のようだ。いや、人間と契約を結びたがる悪魔の方が、もう少し可愛げがある気がする。奏斗は思わずひるんでしまいそうになった。


「 “友達”というものが互いに支え合う関係なら、 “契約上の友達”は互いに利用し合う関係だろう? 互いの利点があってこそ、この関係は成立するはずだ」


「……!」


 自分の想定を越える契約友人の解釈に、奏斗は少し怖くなってきていた。背筋が寒くなる。しかし、これほどまでに独りでいることを好み、条件に合う奴はいないというのもまた事実だった。


「……あるぞ」


 奏斗はさびついた会話用の脳みそをフル回転させた。


「何だ?」


 試すような口調で慧が問う。奏斗は拳をぎゅっとに握りしめ、何とか間に合った考えを口にした。


「互いに利用し合うことを容認する関係を手に入れることができる」


「……というと?」


「互いが認めれば、お前の望むことが何でもできるってことだ。ふつうの友達ならできない要望だって何だっていい。だってこの関係は普通の“お友達”じゃないんだから」


―秋月は利点を求めてきた。なら、彼の中に何らかの要望があるはずだ。


 奏斗は、ほぼ口から出まかせの理論を慧にぶつける。


「ふーん。何でも、か?」


「……た、ただし、この関係の維持のためになることだけだ。ましてや道徳的にNGなことはわきまえてほしい」


「ちょっと逃げたな……?」


「……」


 慧は腕を組みながら、奏斗をじっと見てくる。一方、奏斗は何かまずいことを頼まれそうな気がして、冷や汗をかいていた。


「まあ、いい。契約しよう」


「……いいのか?」


「俺もペア決めや班決めは面倒なんだ。それに、何より面白そうだしな。人間観察がてら、一緒にいさせてもらう」


―観察? 俺、観察されるの?ってか、冷酷男って人に興味ないんじゃないの?


 少々困惑している奏斗を前に、慧は少し表情を変えてから、話を続けた。


「その前にまず、一つ提案してもいいか?」


「……なんだ?」


 奏斗は思わず身構えた。しかし、その提案は意外なものだった。


「どうせなら女子も入れて四人組を作ろう」

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