ぼっちが集ったら最強になりました

枦山てまり

第1部

第1章 同士(?)

第1話 契約

 四時間目の授業が終わり、昼食時間になった途端、教室は一気に賑やかになる。


 食堂に行く、購買部に惣菜パンやおにぎりなどの食料を調達に行く。色々な選択肢があるなかで、高校一年になったばかりの新入生たちは弁当を持参する者がほとんどだった。

 

 そんなわけで、皆が机を合わせ楽しく歓談しながら弁当を食べるなか、春永はるなが奏斗かなとは独り静かに昼食を楽しんでいた。


 さらさらなモカブラウンの髪。長い前髪で隠れた両目。きゅっと結んだ口元からはつまらなそうな仏頂面がうかがえる。


 そんな彼は今、嫌な予感がしていた。


 四人組で昼食をとっていた男子達の一人と、目があってしまったのだ。奏斗は表情を変えず目を逸らし、何もなかったように振る舞う。しかし、彼の嫌な予感は的中してしまった。


 目があった男子が立ち上がり、こちらに近づいてくる。そして、奏斗の目の前に立つと、予想通りの会話が始まった。


「よう。えっと……、春永、だったよな? 良かったら俺らと一緒に昼飯食わねえ?」


「……」


 奏斗は、誘ってくれた彼を無言で見上げると、心の中で小さくため息をつく。

 

 ―また、これか


「……ありがとう。でも大丈夫」


 自身にとって精一杯の笑顔で答える。しかし、その表情は残念ながら全く変わっていないことを彼は知らない。


「そうか! じゃあ、またの機会にな!」

 

 奏斗の返事を受け取った男子の表情は、いくらか安堵しているように見える。それを見て、奏斗は今の返答が正しかったことを再確認した。


 ―よかった。どうせ誘いに乗ったとしても、結果は分かりきってるからな


 目があってしまったから、独りはかわいそうだから、声をかける。そして、いざ誘いに乗ってきたら、内心気まずさをおぼえながらも、張り付けた笑顔で対応する。だから、本当は誘いを断ってほしいと思いながら声をかけるのだ。これは奏斗の経験則から分かることだった。


 人はそれを優しさと思っているようだが、奏斗はそうは思わない。だからと言って、それを偽善だというつもりもない。他人を気に掛ける心はきっと褒められるべきものである。


 ただ、独りでいることを“かわいそう”だと思う認識そのものが間違っていると考えるだけだ。


 奏斗は独りでいることが好きだった。特に、誰にも邪魔されない読書時間は至福の時だった。


 だからこそ、常々考えていたことがある。すべての“ぼっち”が不本意で出来上がっているわけではない。さみしく一人でいるわけではないということだ。


 なのに、どうしてこうも難しいのだろう。学校という社会では特に、いわゆる“ぼっち”が快適に生きていくことが難しい。独りで過ごしているだけでなぜか憐みの目を向けられる。班やペアを作る際には、腫物のように扱われる。


 独りで過ごすという選択をすることはそんなにいけないことだろうか。


 きっとこういう考え方さえも他人の目には“かわいそう”なものに映るのだろう。


 だが、奏斗はどうも納得がいかない。気を遣ってもらわなくとも、こちらとしては結構楽しく過ごしているのだ。


 -やっぱり、何か目隠しになるようなものが欲しいなぁ


 奏斗は、一人で快適に過ごすための方法を常々考えていた。その結果、実はある解決策が浮かんでいたりする。


 それは、『契約上の友人を作ること』


 見せかけの友達がそばにいれば、人が気を遣って話しかけてきたり、哀れみの視線をむけることもないはず。互いに過度な干渉はしないことを原則とすれば、一人の時間は守られる。


 契約結婚だって一つの選択肢になりつつある時代だ。その友人バージョンがあったとしても変ではない。


 奏斗は前向きだった。普通なら、そんな都合のいい奴がいるはずもない、と踏みとどまるだろう。しかし、そんな考えが浮かぶ暇がなかったのは、いい人材が側にいたからだ。


 賑やかな教室に独りたたずんでいたのは、奏斗だけではない。


 秋月あきづきけい。さっぱりとした黒髪に、切れ長の瞳。メガネをかけており、いかにも優等生という感じだ。実際、入試も学年トップだったようで入学式には新入生代表の挨拶をしていた。しかし、実態は人に興味がない冷酷男という噂がたっている。


 そんな冷酷男と、まとも友達になりたいのなら、確実に門前払いだろう。しかし、契約となれば話は変わってくる。他人との関係を望まないというのが本当なら、彼は自分の意見に同意してくれるかもしれない。


 奏斗はずっと、彼に提案を持ちかける機会を伺っていた。


 そして、ようやくチャンスは訪れた。


 放課後、奏斗が係の仕事で課題ノートを集めていると、慧が遅れて提出しに来たのだ。


「すまん。遅れた」


 ―今しかない。全ては快適な読書タイムのため……!


 奏斗はノートを受けとると、声をかけた。


「……あ、あの!秋月……」


 勢いよく話しはじめたものの、すぐにつまってしまった。これがいわゆるコミュニケーションの経験不足である。顕著に現れたぼっちの症状に、内心あわあわしていた奏斗だが、相変わらず表情は全く変わっていない。


「なんだ?」


 言葉につまったまま、じっと見つめてくる奏斗に、慧は怪訝そうに首をかしげていた。


 一度言葉につまると、「なんとかして早く次の言葉を続けないといけない」という謎の焦燥感が襲ってくる。奏斗は今、まさしくその状態だった。


「……え、っと……」


 そうして、出てきた言葉は妙だった。


「お、俺と……



 契約してくれ!」



 真顔の奏斗から放たれた衝撃の一言に、慧は思わず目を丸くする。少しの間、沈黙が続いた。


「「……」」


 ものには順序というものがある。それを奏斗は完全にスルーしてしまったのだ。


 ―しまった。計画は終了だ。おとなしく、やばいやつ認定を受けとめて、さっさとお暇しよう。


 奏斗が計画の失敗を悟った時、慧が口を開いた。


「詳しく聞かせてもらおうか」

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