第41話 対決

 盛り上がる集団の隅で、小さなキャンドルを囲む四人。しばらくは本当にやるのか?という空気が流れていたが、これも契約関係だと疑われないために使えるのではという結論に至る。とりあえず、貰った線香花火を配っていると、慧が物珍しそうに言った。


「奏斗って結構、才川先生と仲いいんだな」


「あー、あれは完全に気に入られていますね」


 なぜかふゆも食い気味に同意してくる。その横で、小夏は「確かに」と言って笑った。別にそんな自覚のなかった奏斗は何となく気恥ずかしくなってしまう。


 基本的に一人でいる生徒に対する先生は不自然なほど気にかけてきて、優しく接してくる。いつぞやの体育教師だってそうだった。そういう時はいつだって、気遣われているような、かわいそうだと思われているような感覚があり、奏斗は今まで絡まれることをあまり好んでいなかった。だからこそ、『気に入られている』などという認識を持たれたのは初めてで、どうしていいか分からない。


「別にからかわれてるだけだって」


 そっけなく返答すると、「照れてんのか?」と慧が意味の分からない返しをしてきたので、奏斗は強引に勝負を開始した。


「もう、俺のことはいいから! 早くやるよ!」


 キャンドルの炎に花火をかざし、火をつける。それを見て、他の三人も負けじと追うように火をつけた。


 明るいオレンジの火の玉がパチパチと音を立てて弾け始める。暗がりに小さな光の花が開いては散り、開いては散りを繰り返す光景はどこか懐かしく、どこか切ない。しばらくぼんやりと見とれていると、花火はぽてっと落ちてしまった。


 ふと現実に戻される。すると、正面で小夏が吹き出した。


「……ふっ。奏斗の負けだな」


「ズルしてフライングしたのに、最下位とは情けないな。奏斗」


「結果として損するだけなので、ズルと言うか、自爆ですけどね」


 けらけらと笑う小夏の横で、慧とふゆは冷静に奏斗のダメ出しをする。三人の手元では、パチパチと瞬く花火がようやく本腰を入れ始めていた。どうやら、相当な差をつけて負けたらしい。

 

「……うう。でも、次こそは負けない」


 悔しいながらも三人の勝負の行方を見届ける。結局、最後まで残っていたのはふゆだった。しかし、時間的には他二人と大差なかったため、すぐにリベンジマッチとして二回戦が始まった。


 三、四回戦とあっという間に時が過ぎる。気づけば次が最後の戦いとなった。ちなみに二~四回戦の勝敗はというと、慧、小夏、ふゆがそれぞれ一回ずつ勝利し、なぜか奏斗が全敗という結果。


「次こそは俺も勝つ」と意気込むと、「きっと今回も負けるのは奏斗くんですね」と決めつけられてしまったが、それには動じないふりをして、戦いの幕は上がった。


 四つの線香花火が、一つのキャンドルに身を寄せる。一斉に灯った明かりが弾けだすのを見守っていると、これが最後なんだと言う感じがして、なんとなく物悲しい。パチパチと弾けて散っていく火花が勢いを増し思えば、急に弱々しくなる不安定な様子。


 ―もう少し、あともう少しだけ


 自然とそう願ってしまっていた自分に奏斗が気が付いたのは、花火が落ちた瞬間だった。


 はっとなって顔を上げると皆と目が合う。各々手に持った花火の先に明かりはなく、光は真ん中に灯るキャンドルだけ。どうやら、ほとんど差はなくして、みな終わってしまったらしい。


 状況が把握できてくると、皆で茫然と顔を見合わせたこの状況が、可笑しく思えてくる。そう思ったのは奏斗だけではなかったようで、四人ともふっと笑い出してしまった。

 そんな中、小夏が一言つぶやいた。


「……やっぱいいな」


 皆が小夏に視線を向ける。対する小夏は口にしたつもりがなかったようで、ぽっと頬を染めた後、どこか投げやりに言葉を続けた。


「この四人でいる時間が、一番気楽でいいなって話」


 小夏の頬がさらに赤く染まっていくのを、小さなキャンドルの明かりが優しく照らし出す。春の夜風が吹き抜け、他三人はしばらく呆気にとられたように、ぼんやりとしていた。


 恥ずかしさゆえか、言葉はちょっと投げやりだった。それなのに、心がじんわりと温かくなるような不思議な心地に、奏斗は若干戸惑ってしまう。


「実は今日の昼、水上彩と話してたんだ。それで、私が一緒にいなくなった後、舞は彼女に本性を見せるようになったことを聞いた」


 中学時代は噂を鵜呑みにし、舞が小夏に手を焼いているのだと思っていた彩。しかし、それが間違いだったことを、小夏が学校に来なくなってから気づいたのだと彼女は言った。


 人当たりが良くて他人想いの人気者の姿とは違う、わがままで自己中な裏の顔。それを知ってから、彼女は小夏に対してずっと申し訳なく思っていたという。


「それじゃあ、水上は今、昔の小夏みたいに?」


 周りの目からは仲睦まじく見えるものの、本当は昔の小夏のように人知れず悩んでいたのかもしれない。しかし、奏斗が尋ねると、小夏は静かに首を横に振った。


「彼女は自分をしっかり持ってる。嫌な事はちゃんと嫌だって伝えられるし、舞の言いなりにはなってない。彼女は舞とちゃんと向き合えてる」


 彩は面倒見がよいものの、はっきりとした性格。だからこそ、舞のわがままにもアメとムチを使い分ける。要するに、彼女のわがままも上手く扱えているのだ。


 私もそうなるべきだったんだろうな、と小夏が笑う。困ったように笑う彼女を見て、慧は静かに口を開いた。


「お前がもしも水上のような人間だったなら、矢坂と上手くやれたかもしれないな」


 皆が慧に目をやる。緩んでいた空気が一瞬、背筋を伸ばす。慧が小夏に目をやると、彼女はすぐに呆れたように笑った。


「そうだな。でも、私はきっとそうはなれない。だからこそ、今いるこの関係で、ありのままでいられる方がいい。私は舞のところには戻りたくない」


「つまり、明日は負けたくないってことか?」


 明日のメインイベントであるウォークラリー。そこでの順位が舞の班に負けてしまったなら、小夏は舞との関係を修復し、今後は行動を共にすることとなる。そうなればもちろん、この契約関係を関係を続けていくことは難しい。


 慧の問いかけに、小夏は真剣なまなざしを向けた。


「そうだ」


 揺るがぬ彼女の意思を受け取った慧は、隣にいる奏斗に目をやる。何だよ、と焦る奏斗の肩に、彼はポンと手を置いた。


「だとよ。頑張れ、奏斗」


「何で俺だけ……⁉ って確かに、俺が一番自信ないんだけど……」


 どこか他人ごとのように言ってくる慧に奏斗はさらに焦ってしまう。しかし、そんな二人のやり取りを見た小夏たちの表情が緩んでいたのを見て、今日はひとまず良しとしておいた。

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