第5章 オリエンテーション合宿(後編)
第42話 探偵ごっこ再び①
翌朝、奏斗はスマホのアラームよりも早く目が覚めてしまった。アラームを解除し、しばらくぼんやりと窓の外を眺める。すると、スマホのバイブレーションが鳴った。
慌てて手からすり抜けていきそうになったスマホをキャッチする。待ち受けに表示されていたのは、想定外の新着メッセージだった。
【奏斗くん。起きていますか】
送り主はふゆだった。使ったことのない、個人間のチャットルームにたった一つのメッセージが届いている。
―こんな朝早く、どうしたんだ? わざわざ個人で送ってくるなんて
とりあえず、起きていると返事をしてみる。すると、すぐにこの文字が送られてきた。
【電話してもいいですか】
「……え⁉」
思わず漏れ出た心の声にはっとして、すぐに手で自分の口を覆う。
電話なんて家族以外としたことがない。家の固定電話にかかってくる電話も両親や姉に出てもらってばかり。ましてや同級生の異性との電話なんて全く持って経験したことがない奏斗には、全く縁のない経験である。変に取り乱すのも無理はない。
しかし、今はまだ早朝。慧をはじめ、他の生徒も起きていない時間。静寂に響いた自分の声が誰にも届いていないことを願いつつ、辺りを見回してみると、幸い、起きてしまった人がいる様子はなかった。二段ベットの上で眠っている慧も、まだ起きていなかった。
【電話って、どこで? 部屋はみんなまだ寝てるし。部屋の外は先生に見つかるとまずい】
【そんなの、お手洗いでいいんじゃないですか】
【……確かに。了解です】
同世代の男女が皆に内緒で通話する場所としては何だか残念な気もするが、そんなことは言っていられない。奏斗は、忍び足で部屋を抜け出すと、部屋がある階のトイレに向かった。女子の泊まっているのは違う階なので、彼女がもし同じように出てきているとしても、ここでふゆに会うことはない。奏斗は迷わず、一番奥の個室を占拠した。
【着いた】
扉に背を向けて軽くもたれかかる。薄暗い個室の中、奏斗の緊張した面持をスマホの明かりが照らしていた。慧の作った例のアプリには、ちゃんと電話機能もある。電話番号を持ってなくても、個人のチャットの欄から電話がかけられるので、結構便利だったりする。そうは言っても、そうそう出番はない。
バイブレーションが鳴り、画面に『真白ふゆ』の文字が並ぶ。応答のマークをタップし、思い切ってスマホを耳に持っていくと、鈴の音のような可愛らしい声がこちらをおちょくってきた。
「せっかくの女子との通話の場がお手洗いだなんて、何だか残念ですね」
「あなたが指定してきたんですよ? ふゆさん」
呆れたように返すと、スマホの向こうからふふっと笑う声が聞こえた気がした。何となく電話越しのふゆの声は、いつもより少し色味を帯びている気がする。いつもは淡白で感情の起伏が感じられない声が、今はほんの少し柔らかく思える。
一緒に居る時間が増えたからこその変化なのか、ただ気のせいなのか。そんな小さなことを考えていると、ふいにいたずらな声が聞こえた。
「もっと素敵なシチュエーションでお話したかったんですか?」
小悪魔なささやき、という表現が似合いそうな声。心臓がドクンと跳ねて、電話を当てている左耳がだんだんと熱を帯びていく気がする。一瞬の時間がとても長く感じるような、不思議な感覚に襲われて、奏斗の頭を一つの考えがよぎった。
―これは、完全にからかわれている。この人たまにこういうことするんだよな
すん、と気持ちが立て直される。奏斗は小さくため息をつくと、話を本題に持っていった。
「……要件は何?」
尋ねると、ふゆは少しおいてから静かに口を開いた。
『……探偵ごっこ』
いつもの淡々とした口調。電話越しにも空気が少し変わったのが伝わってくる。何のことかと聞き返そうとした時、ふゆの言葉はさらに続いた。
『第二弾が必要かもしれません』
その言葉を聞いて、いつしかの慧の言葉が思い出される。
―『俺は、真の邪魔者を探っている』
探偵ごっこというのは恐らく、以前、慧が言い出した『邪魔者探し』に準じて奏斗とふゆが小夏の過去に絡んだ人物を探っていた時の話だろう。そして、その探偵ごっこは、舞の存在を知ってからというもの、全く動いていない。
舞という警戒人物が定まった今、その第二弾が必要と言うことはつまり、舞以外の要注意人物がいることを示唆していることになる。ふゆの説明も同じようなものだった。
「慧も同じことを言ってたよ。矢坂以外の邪魔者が存在している可能性があるって」
『そうですか。では、奏斗くんもその線で何となく勘ぐっていたのですね。誰か気になる人物はいたんですか?』
「え、まあ、若干……?」
脳内をよぎる人物。彼の優しい表情がよぎって何となく口が重くなる。それでも、電話越しのふゆが『誰です?』と、詳しい回答を求めたので、奏斗はその重たい口をこじ開けた。
「……田川だよ。あいつは矢坂と付き合ってるらしい。彼女に肩入れして、こちらを害してくる可能性がないとも言えない、気がする」
昼間の会話で、舞と晴樹が恋仲であることは確定している。単なる友人関係ではなく恋人であるならばそのつながりは強い。
とはいえ、晴樹が他人を害してくるような悪い奴には見えない。これはあくまで、決して高くない可能性の話にすぎないと念を押しておく。
しかし、ふゆの返答の歯切れが悪い。通信環境が不安定なのかと思い、「……ふゆ?」と聞き返すと、彼女は言いにくいことを言いますが……と不穏な前置きをした。
『私は、もっと身近なところにいるんだと思っています』
「どういうこと……?」
『矢坂が言っていたんです。私たちの話し合いを聞いたあの日、彼女はあの場所に呼び出されていた、と』
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