第43話 探偵ごっこ再び②

 契約関係を始めるにあたっての会議。それは、誰にも知られないよう、誰もいなくなった放課後の教室で行われた。それなのに、舞はその場に呼び出されていたという。


 急に頭を強く殴られたような衝撃に、奏斗が硬直していると、ふゆは小さな声で続けた。


『……呼び出していたのは、慧くんなんですよ』


 舞に、無理な賭けを要求されたあの時、ふゆは彼女に問うていた。小夏にしか興味がない彼女がどうして三人の話を聞いていたのか。


 たまたま通りかかったなら、それは偶然。自分たちの警戒が甘かったというもの。


 しかし、舞は言ったのだ。


 ―『秋月くん、保健室にいる小夏のとこに頻繁に入り浸ってて、それがずっと気になってた。だから小夏をどうする気って聞いたの。そしたら、「そんなに知りたいなら今日の放課後、教室に来るといい」って言われて』


 小夏が保健室登校をしていることを知った舞は、時折、様子を見に行っていたという。しかし、そういう時は大抵先客がおり、その先客こそが慧だった。


 慧は小夏に契約関係への勧誘を行っていたのだが、彼女はもちろん、その内容までは分からなかった。ただ、中学時代もあまり接点がなかったはずの二人が何を話しているのか、舞はずっと気がかりだったという。


 そうして、しびれをきらした彼女は慧に尋ね、結果、契約関係の事実を知ったのだ。


 ふゆの話を聞いて、奏斗の脳内に昨日の慧の表情がよぎる。『真の邪魔者を探っている』と言った彼が見せた意味深な笑み。その下に、どんな想いが隠されているのだろう。


 奏斗は途端に、胸が締め付けられるような息苦しさを感じた。


「でも、それもいつものやつかもよ? 矢坂をわざと焚き付けて、小夏への執着の有無を確認したってやつ」


 慧は度々、一見敵に塩を送るような理解しがたい策を取ることがある。しかし、それも結果として舞が邪魔者になりうることを示すものとなり、関係にとって不利益につながったことはない。慧自身も、それが目的だとよく言っていた。


 しかし、今回のことが発覚すると、その見方も変わってくるとふゆは言った。


『契約関係であることを最初からバラしていたということは、矢坂にチャンスを与える行為になりうると思うんです』


「どういう意味?」


『奏斗くんが矢坂の立場だったとしましょう。私たちが強固な絆で結ばれた友達関係に見えている場合と、契約で結ばれた情の薄い関係だと知っている場合。どちらが、こなっちゃんを引き戻しやすいと思いますか』


「……それは、後者だろうな」


『そういうことです。慧くんがもし、矢坂の肩をもっているとするなら、わざわざトラブルになりうるこなっちゃんを契約関係のメンツに選んだのも、班決めで矢坂にチャンスを与えたのも、全部説明がつくと思いませんか』


 ふゆの考えを聞いて、奏斗はしばらく考えこんだ。


 仲直りを望んでいた舞と、過去との決別を望む小夏。道を違える二人がもう一度向き合うためには、小夏が過去と向き合う必要がある。慧は小夏を契約関係に誘い入れることで、それを成し遂げたうえに、契約関係というあいまいな関係性に小夏を入れることで、舞を動きやすくさせている。


 結果的に、小夏がやはり過去を手放したいという決断をしているため、今のところ舞に有利な事にはなっていないものの、それを慧が想定した上で動いているか否かは知る由もない。

 

 しかし、奏斗はなぜか腑に落ちない気がしていた。それでもふゆは慧に対する不信感を強めているようだった。


『それに、契約関係の事実を漏洩する者は邪魔者と認識するって、彼が言い出したんですよ? だから、私は昨日責められたんです。本当はあの場で彼を問いただしたかったけど、それではこなっちゃんの不安を増長するだけだから、だから私は……』


「ふゆ」


『何ですか』


「とりあえず、一旦落ち着こう」


 なだめるような声で言う。すると、ちょうど起床時間の朝六時を知らせる館内放送が流れてくるのが聞こえてきた。穏やかな音楽を聴きながら、しばらくの沈黙がある。


「ふゆの言いたいことはわかった。でも、ふゆは少し、慧に懐疑的になりすぎてるんじゃない? 昨日のことも絡んで余計に」


 奏斗の言葉に、ふゆは珍しく拗ねた口調になる。


『……全部、私の被害妄想だっていうんですか?』


「それは違うけど……」


 口ごもって、言い訳を考える。確かに、ふゆは慧に対して過敏になりすぎているとは思うが、彼女の意見が全くの見当違いな考察だとも思わない。とはいえ、今は何を言っても悪くとらえられそうなので、慎重に言葉を選んでいると、ふゆが先に口を開いた。


『とにかく、今日は完全に決着がついてしまうかもしれない大事な時です。少しでも不審な動きがあったら、すぐに連絡してください』


 そう言って、ふゆはプツッと通話を切ってしまう。最後の言葉の節々が強かった気がして、奏斗は少し気がかりだった。



 部屋に戻ると、皆がすでに寝床を畳み始めていた。奏斗も慌てて加わる。皆のシーツを一つに集め、使っていた毛布を畳む。すると、上から低い声が降ってきた。


「どこに遊びに行ってたんだ? 奏斗」


「ひぇ……⁉」


 見ると、慧が二段ベットの二階で、きれいに畳んだ毛布のしわをのばしていた。先ほど話題に上がっていた慧の登場に、奏斗は思わず変な声が出る。様子のおかしい奏斗に、慧は怪訝そうに首をかしげていた。


「何だその反応。部屋抜け出して、何かやましいことでもしてたのか」


「ち、ちがうよ。ただその、ちょっと便所に行ってて……」


 とっさに弁明しようとすると、途中で慧が遮ってきた。


「それは大変だったな。不躾なことを聞いてすまない」


 なぜか申し訳なさそうに言われてしまう。絶対に余計な勘違いをされているが、訂正しても良い言い訳が見つからないので、そのままにしておく他ないのがやるせない奏斗だった。

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