第40話 サプライズ

「じゃあ、プリント配るぞー。終わったら別のことしてもいいが、私語は慎むように」


 マイク越しに、才川先生の低く心地のいい声が響く。


 夜の勉強時間。オリエンテーションをした広い講義室に学年全員が集まる。風呂から上がって慌てて来たのか、髪が濡れたままの生徒もちらほら見られる。そういう生徒は髪の毛だけでも乾かしてきなさい、と別室に連行されていた。


 時刻は午後九時。日が落ちてすっかり暗くなった窓の外に目を向けると、こちらを向いている自分と目が合う。その奥に、何やら言葉を交わしている小夏とふゆの姿があった。会話の内容は分からないが、小夏の表情は穏やかで、二人の間に流れる空気感はとてもいいように見える。しかし、頬杖をつきながら、つまらなそうに二人を見ている舞の姿が後ろにあった。それを見て、奏斗は改めて気を引き締め直す。


 配られたプリントは思ったよりも量があり、予想以上に時間を取られてしまった。しかし、内容は中学の復習程度の簡単なものだったので、ふゆに言われた通り、時間内に自習時間を捻出することができた。


 高速でプリントを解いた後に、国語便覧とにらめっこ。時間が終わる頃にはヘトヘトになっていた奏斗だったが、他の生徒たちも大半が眠っているほどには皆お疲れモードだった。


 全体的に疲労感漂う講義室。監督していた才川先生は立ち上がると、困ったように笑っていた。


「お疲れ様だったな。……ってことで、少しお楽しみ時間にしようか」


 お楽しみ時間というワードに、陽キャ軍団がざわめき立つ。何?何?と言う声が飛び交う中、奏斗は慧の方を見た。


「何だ?」


「いや。慧は知ってそうだなって思って」


「残念ながら俺は知らん。考えられる可能性なら百通りほど上げられるけどな」


「あ。じゃあ、結構です」


 ―百通りってなんだ……


 慧の頭の中が垣間見えた気がして、少しぞっとしてしまう。この天才の頭の中はきっと知らない方がいい。


 ざわついた講義室を静めて、才川先生が再びマイクを握る。咳ばらいを一つして、彼はとあるサプライズを発表した。


「今からみんな大好き花火タイムだ。勉強頑張ったご褒美だな。中庭に準備はできているから、各自向かうように」


 才川先生の言葉が終わりきる前に、皆がバタバタと席を立つ。青春を謳歌したい若者たちは、各々友達の手を取って駆けて行った。ぱらぱらと人の残った講義室。控えめな生徒たちは、先生に部屋に戻ってもいいかと尋ねていたが、その許可は下りていないようだった。


「全員強制参加みたいだね」


「仕方ない。俺らも移動しておくか」


 慧が後ろに目を向けながらつぶやく。その視線を追うと、こちらを見ていたふゆと小夏と目が合った。互いに目配せをし、四人は中庭に向かうこととなった。


 *


 奏斗たちが中庭に着くころには、もうすでに花火大会が始まっていた。用意された手持ち花火を受け取る場所は沢山の生徒でにぎわっている。楽しそうな笑い声が飛び交う中、色とりどりの光のシャワーが暗がりにたくさんの笑顔を照らし出していた。


 そんな様子を四人は遠くから眺めていた。本館に入る前にあるコンクリートの階段に腰かけて、ぼんやりと煙たいエリアに目を向ける。


「点呼あるわけじゃないし、部屋戻ってもバレなさそうじゃない?」


 しばらくの間、奏斗は持ってきた便覧を眺めながら時間が過ぎるのを待っていた。しかし、風向きの関係で煙がこちらに向かってきており、どうも集中できない。しびれを切らして奏斗が提案すると、後ろでダンディーな笑い声がした。


「残念だったな、春永。バレたからもう無理だぞ?」


 声の正体は、才川先生。なぜかにやにやと緩んだ表情で奏斗たち四人に目を向ける。何となく微笑ましく思われている気がしてならない。「何ですか?」と少し冷たく答えると、先生はますます大げさに笑った。


「なあに、つまらなそうにしている春永に俺からプレゼントだ」


「……プレゼント?」


 胡散臭い笑みを浮かべた先生を見て、奏斗が怪訝そうに受け取る。彼が渡してきたのは、袋に入った沢山の線香花火だった。


「これを使って、四人で線香花火対決してこい。一斉に火つけて、一番長く残った奴が勝ちってやつ。この量なら何回戦かできるだろう」


「何でですか」


「俺からの課題だ。先生に黙って帰る提案をした春永への罰だな」


 そう言いながら、先生はどこか誇らしげになっているように思えた。四人の親睦を深めるいい機会だとでも言いたいのだろう。この花火を受け取っては、先生の思うツボのような気がして悔しいが、他三人からの視線が痛いのでひとまず受け入れることにした。


 とはいえ、皆が火をつけるために使っているキャンドルの周りには、多くの生徒が群れている。あの中に入っていくことを億劫に感じていると、張り切った先生が別の小さなキャンドルを用意してくれた。



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