第1部 最終話 彼らの形
「ではではごゆっくり」
にやけた顔を隠せていない康太が、そう言い残して去っていく。彼は一列開けた前の席に座り、こちらをによによと見つめてきた。しかも、それは康太だけではない。クラスのほとんどの甘い視線が一番後ろの席に集まっていた。
結果発表を終え、今からバスで帰路につくという場面。奏斗たち四人は、一番左の席を一つ開け、ふゆ、小夏、奏斗、慧の順で、一番後ろの席に並んで座っている。前一列の席を開けて、他のクラスメイトが座っているという状況だった。この形を作るために、行きのバスでは必要のなかった補助席が活躍している。
なぜこんなことになったか。
発端は奏斗たちがウォークラリーで一位になってしまったことにある。
一位になったグループからは、生涯を共にするカップルが誕生する。そんな合宿きっての伝説のせいで、奏斗たちから注目を浴びていた。その結果、クラスメイト達(主に康太)はゆっくり恋心を育むといい、と要らぬ気を回してきたのだった。
とはいえ、彼らの実態は無論、意識しあう仲どころか友達でさえない。慧とふゆは思わずため息交じりにつぶやいた。
「……面倒ごとが増えたな。真面目に解答しすぎたか」
「……少し手を抜くべきでしたか」
実は二人の言うように、勝敗に強く関わったのは問題の正答率だった。ふゆが一日目に説明していたが、毎年、多くの班が上位に行くことを阻まれるのは、出題される問題が意地悪だからである。授業内容だけでは網羅できない発展問題を解けるのは、ほんの一握り。
ほとんどの解答を学年一位と二位のふたりに任せていた奏斗たちの班にかなう班などあるはずもなかった。実際、問題の正答数だけで、タイムではカバーできない差をつけていたという。
ため息をついている二人に、小夏はジト目を向けた。
「手を抜く余裕なんかなかっただろ。誰かさんが裏切りに出たように見せかけたせいでな」
「確かに。無駄な神経をたくさんすり減らしました」
小夏とふゆがまたしても、原因となった人物に目を向ける。すると、彼は再び奏斗の方を見た。
「……まだお怒りだな」
「だから、なぜ俺に言う……」
睨んでくる女子二人と慧に挟まれた奏斗は、妙な板挟みを食らう。ため息をつくと、奏斗はすっと顔の横に手を挙げた。
「今回の反省を踏まえて、俺から一つ要望を出してもいい?」
「お、
小夏が横から茶々を入れてくる。奏斗はコホンと咳ばらいをすると、ポケットからスマホを取り出した。例のアプリを開くと、メッセージを打ち込み始める。それを見て、三人もスマホを取り出した。
今からの話は契約関係に関すること。席が離れているとはいえ、視線を集めている中で、その話をするのはまずい。そう思って奏斗はスマホでの会話に切り替えたのだが、それが功を奏したらしく、クラスメイトたちの興味はだんだんと散っていった。
奏斗はお馴染みのグループチャットにメッセージを送信する。
【各々自分の利益を求めて、この関係を利用する。それは最初に決めたことだし、それでいいと思う。でも、そのために動くときは全てを申告することを決めたい】
慧のしたことは、結果的に四人に不利益をもたらすものにはならなかった。それにしても、関係の内側も疑ってかからないといけないことはすごく不便だと皆が痛感している。そこで、奏斗はこの要望を持ち掛けた。
【より快適な生活を求めて一緒にいるのに、お互いをいつだって疑っていないといけないんじゃあ意味がない。だからこそ、四人の中に隠し事は無し。いつだって真実を話すってことでどうかな】
別に仲良しごっこをしようというのではない。ただ、面倒ごとを避けるために作った関係で面倒ごとが起きるのは忍びない。トラブルを少しでも避けるためには、これが一番最善だと奏斗は思ったのだ。
全ての文を打ち終わり、奏斗が顔を上げると、三人とも頷いてくれる。同意をもらえたことに安堵して、スマホ画面に目を落とす。奏斗の送ったメッセージの後には、了解の文字が二つ並んでいた。
そんな時、横から小さく声がする。
「……隠し事ですか」
「ふゆ?」
「いえ。……それより奏斗くん、酔い止めを飲まなかったみたいですが、スマホに文字を打っていて大丈夫ですか? ここは一応、一番後ろの席ですよ」
「……あ」
奏斗の顔がサーッと青ざめていく。そういえば、先ほどから頭を締め付けるような痛みとゆらゆらとした不快感が襲っていた。
「……気づいてたんなら、先に言ってくれ……」
弱々しくそう言った奏斗を見て、ふゆがすかさず手を上げる。
「先生、奏斗くんが乗り物酔いしてます。先生の隣に連れて行っていいですか?」
「……え」
「おう、いいぞ。大丈夫かー? 春永ー」
一番前の席で担任教師―才川先生が手を挙げている。ふゆは揺らめいている奏斗を支えながら、前の席に連れて行った。脇から見守るクラスメイトたちは心配以上に微笑ましい表情を向けている。
後ろに残された小夏と慧は心配そうに顔を見合わせた後、困ったように笑った。そして、一息つくと、小夏は前の二人に目を向け直し、優しい口調で言った。
「……そういえば、私の話はいつから聞いてたんだ?」
小夏が舞の足止めを食らっていた間、駆けつけた奏斗たち三人は扉の外に隠れていた。そのことを問うと、慧もまた、前の様子を見守りながら静かに答えた。
「矢坂が感情的になり出したところくらいだな」
「……そうか」
慧が小夏に目を向ける。小夏はまだ前の様子を見ていた。奏斗は無事、先生の隣に座ったものの、今度は先生がふゆに奏斗の隣を譲ろうとしている。ふゆは断っているようだが、先生も譲らない様子だった。
何をやっているんだと思いながらも、自然と笑みがこぼれる。なんだかんだ一件落着となったことを改めて感じる。
小夏は慧の方に向き直った。
「ありがとな。慧」
晴れやかで曇りのない笑顔。それは慧が求めていた小夏の表情だった。四角いレンズの奥で、慧の瞳に光が差す。彼はふと柔らかい表情になったものの、すぐにいつもの調子で返事が戻ってきた。
「……別に、俺はただ自分の憂さ晴らしをしただけだ」
「そうだったな」
前にもこんなやり取りがあったことを思い出し、小夏は呆れたように笑う。
「おーい、日向たちもこっちにおいで」
才川先生がこちらを呼ぶ。どうやら、担任も副担任もそろって、席を譲ってくれるらしい。小夏たちもまた、奏斗たちの横の席に座ることになった。ここで断るのもよろしくない。大人たちのお節介をありがたく利用することとした。
最前列に再び揃う四人。各々顔を見合わせると、おかしな状況にまたしても笑みがこぼれた。
*
親しい友達でも恋人でもない。ただ契約によって結ばれた見せかけの関係。互いは、人間関係が初期設定のままの他人にすぎない。
そんな関係がいつまで続くのか。今すぐにでも崩壊してしまうのか。それは誰にもわからない。
それでも、奏斗たちは探っていく。彼らなりのつながりの形を。
◇◇◇◇◇◇
(あとがき)
最後までお読みくださった皆さま、本当にありがとうございます。初めての長編でしたが、皆様のおかげで続けてこられました。
カクヨムコン参加作品なので、奏斗たちを気に入って下さった方はぜひ、気軽にフォロー、評価等していただけると嬉しいです。励みになります。
毎日投稿は一旦区切りとしますが、第二部も執筆予定ですので、待っていていただけると幸いです。
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