第59話 不透明な先行き

 舞の足止めを食らって、少々時間はかかってしまったものの、奏斗たちがゴールした時間は、C組が到着し始めたくらいの時間であった。


 舞はゴールした後にあの場に来ていたため、後半戦のタイムは遅れを取っていることになる。小夏は舞にしっかりとした意思表示をしたものの、一度受け入れてしまった勝負。勝敗の結果が出るまでは、今後の先行きは不透明である。


 奏斗たちは現在、結果待ちの状態であった。ゴールした班から順に宿泊部屋に戻って帰り支度を整え、再び玄関に集合する。そこで施設の方への挨拶と所連絡、それと共にウォークラリーの結果が発表されることになっている。


 今は、その集合が完了するのを待っているところである。集合時間まではまだ時間があるため、生徒たちは全体的に同じ組で固まりながらも、仲の良いもの同士で集まっていた。もちろん四人もその流れに溶け込んでいるが、それは団体から少し離れた場所だった。


「結局、あのなぞなぞはどうやって解いたの?」


 奏斗が慧に問うと、その隣で小夏が首を傾げた。


「なぞなぞってなんだ?」


「小夏たちが問題を解いて、待機してた部屋。場所は書いてなくて、ヒントとしてなぞなぞが載ってたんだ」


【仲間外れは数えない】という文字の下に、左から順に牛、猫、馬のイラストが並んでいた、あのなぞなぞは、慧が一瞬で解いていた。しかし、SOSがあって急いでいたこともあり、その解法を聞くことはできなかった。


「私たちが使っていたお部屋は、たしか207の部屋でしたね」


「解き方は簡単だ。それぞれの動物は数字を表している。仲間外れを数えないという文言によって、十二支に入っていない猫は0になり、他二つは干支の順に基づいた数を表す」


「……だから、左から並べて207ってことか」


 慧が淡々と答えるのを見ていると、何となく悔しい。それでも、やっと解法が分かって奏斗はすっきりしていた。


 ―あとは、結果発表次第だな


 思っていることは皆同じなのか、四人ともどこか上の空である。負けた場合のことは未だ話し合っていない。誰も話題に出すこともしなかった。


 もともと口数の多い四人ではないものの、一段と静かな時間が多いように感じる。そんなななか口を開いたのは珍しい人物だった。


「……すまなかった」


 低くも、力の抜けた声。いつものような自信は微塵も感じられない慧に、三人は驚いたように目を向けた。


「俺は自分のことを優先した。小夏の要望に背くことをして、あまつさえ第三者に情報を漏洩していた。皆が俺を邪魔者と判断したとしても俺は……」


「させない」


 慧の声を遮って、小夏が言う。


「お前はどうせ元からそのつもりだったんだろ。自分が抜けて、今度は田川でも組み込んで、それで一見落着って感じにしたかったんだろ」


 慧は表情を変えない。しかし、奏斗は小夏の話も案外間違っていないような気がした。


 これはあくまでも憶測にすぎないが、慧は最初からこちらを負かす気はなかったのだと奏斗は思っていた。


 恐らく後半戦のタイムの差くらいで勝敗は覆らない。前半戦のタイムで差をつけている上に、問題による得点率も学年一位の彼がいる時点でこちらが有利。慧はきっとあちらに肩入れしているように思わせることで相手の作戦を把握し、一番ダメージの少ない作戦を彼女らに提案したのだろう。


 それに、小夏のことがずっと引っかかっていた彼が、第二の彼女のような晴樹をぞんざいに扱うとも考えられない。


 そんな憶測を抱いていたのはどうやら、奏斗だけではなかったらしい。


「慧くんらしくないですね。影のヒーロー気取りですか? そんな退場の仕方はさせませんよ」


「そんな何回もお前の思い通りにはさせてやらないんだからな」


 ふゆが久々の不穏オーラを放って慧を睨む。隣で小夏も口をむくらませて、腕組みをする。あまり威厳はなく、拗ねた子供のような可愛らしさに、奏斗は少し気が抜けそうになった。そんな女子二人を見て、慧は奏斗の方に目を向けてくる。


「……お怒りだな」


「俺に言うな」


 ピンと張っていた空気が、ほんの少し緩む。慧の表情もいつもより柔らかいような気がした。


「まあ、ひとまず慧は信頼回復に努めるってことで」


 慧の排除は一旦保留になった。


 *


 集合時刻になり、整列が促される。重たい荷物を隣に置いて体育座りで着席すると、引率の教師たちの話が始まった。次いで施設長の挨拶が始まる。優しい声を聞きながらも、生徒たちの脳内は結果発表でいっぱいのようで、そわそわとした雰囲気が漂っていた。


 挨拶も終わり、いよいよ結果発表。例年では全班の順位が載ったプリントが配られるだけで、淡々とした発表となるはずだったのだが、今年は少し熱量が違っているらしい。プリントを配布する前に一位だけ口頭で発表するという。


 お馴染みの実行委員長が両手でマイクを握りしめながら、厳かな雰囲気で登場する。彼女は、コホンと咳ばらいをすると、急に明るいオーラを放ち始めた。


「皆さん! 合宿楽しんでますかー?」


 ―もう終わるよ


「いよいよ、伝説のカップルの誕生です!」


 ―違う話になってるって……


 実行委員長の謎のノリに、学年中の明るい人たちが盛り上がる。奏斗は内心でツッコミを入れまくっていた。


「皆さん準備はいいですかー??  それでは栄えある一位の発表です」


 委員長がスマホのミュージック画面をタップする。マイクを近づけて聞こえてきたのは、ドラムロールの音だった。


 ドゥルルル………、バン!


「一位は、一年A組10班! 秋月くんのグループです!」


 全学年からの視線が集まる。四人は各々顔を見合わせた。

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