第29話 結婚するか?

 映画を観た後は、四人での買い出しが再開された。残ってしまったポップコーンは、小夏がビニール袋を持っていたおかげで無事に持ち帰ることができそうである。妙に用意の良い小夏に、ふゆは「お母さん並みの用意周到さですね」と言って怒られていたが、いつも通りな様子に奏斗は安心していた。


 映画館のある七階からエスカレーターで雑貨屋の多い五階に移動する。

 ここからの買い物は、合宿二日目に必要となる班活動のための買い物。具体的には、二日目に行われるレクリエーションで班ごとのカラーを出すためにお揃いものを買うというものだ。どうやらこれも、班員の仲を深めるための伝統らしい。


「毎年、バンダナやスカーフといった無難なものが多いらしい。ぱっと見で同じ班であることを認識できるものの方がレクリエーションの内容的に有利になるといったうわさも聞いている」


 目立つグループは、帽子やカチューシャなど奇抜なものを選択することもあるそうだが、奏斗たちは無論興味がなかった。結果、無難にバンダナを探すことになった。


 適当に品数のありそうな雑貨屋を探す。四人とも特にこだわりはなかったので、よくある赤のペイズリー柄のバンダナを買うことになった。巻き方は各々で決めることとし、買い出しはスムーズに終えることができた。


「これで予定は全部完遂できたかな?」


 時刻は午後四時頃。想定していなかった映画鑑賞があったことで、思ったより時間が経過しているものの、買い出しはもちろん、裏の狙いも達成することが出来たことを考えると、今日の外出はとても有意義なものだったように思う。


 皆がこれで解散かと思った時、慧がふいに口を開いた。


「すまない。予定は全て終了したんだが、少しだけ時間を貰ってもいいか」


 *


 慧の申し出を受け、四人はもう少しだけ共に時間を過ごすこととなった。何やら慧は合宿のための最終準備をしたいようで、四人で話す時間が持ちたいという。落ち着いて話が出来るよう、四人はとあるカフェに入ることになった。


 レストランが多く並ぶ六階エリアに移動し、店に入る。ケーキだけでなく、サンドイッチなどの軽食も人気なその店は、時間帯のおかげかちょうどよい混み具合だった。待ち時間もなく、席に案内される。用意された席は、他との空間が隔てられており、とても落ち着いた雰囲気だった。


 席に座り、各々飲み物を注文する。慧はコーヒー、奏斗とふゆは紅茶、小夏はオレンジジュースを注文した。

 注文したドリンクはすぐに届き、各自一服する。そうしてすぐに慧が本題に入った。


「明後日からの合宿に備えて、皆に渡しておきたいものがある」


 そう言って慧は、自分のカバンの中を探る。まず奏斗からと言って彼が取り出したのは、黒い小さな箱だった。どこか高級感の漂う梱包。奏斗が恐る恐る開けてみると、中に入っていたのは、さらに緊張感の高まるものだった。それを見て、小夏が思わずつぶやいた。


「……何これ。プロポーズ?」


 慧が渡してきたのはリングボックスのようなものだった。まるで婚約指輪でも入っていそうなほどに重厚なケース。もちろん、それに結婚を申し込む意図が含まれてないことは明白だが、小夏がそうつぶやくのも無理はない見た目だった。


 慧がため息をついてから、真顔で奏斗を見る。


「結婚するか? 


「……いや、乗らなくていいから」


 こちらを見る慧の目が死んでいる。そんな顔で冗談を吐かれても、奏斗はどうしていいか分からなかった。


 ―意外と見た目にそぐわないことするよな。この人……


「……まあ、冗談はさておき、これが小夏とふゆの分だ」


 慧が続けて二つの箱を取り出す。奏斗宛の物と同じ黒色の梱包がなされているが、その大きさは一回り小さいように見える。その違いを目にするなり、小夏が真剣な顔でつぶやいた。


「これが愛の大きさの違いか」


「そのようですね。とってもわかりやすいです」


「すまんな」


「……三人とも、やめなさい」


 ―なんか最近、俺はイジっていいみたいな雰囲気あるな……


 四人が険悪な雰囲気でないことは良いこと。しかし、奏斗は何だか腑に落ちないような気もしていた。


 気を取り直し、箱の中身を確認する。見た目はリングボックスのように見えていたが、中に入っていたのは腕時計だった。


 黒を基調としたシックなデザインで、包装に負けない高級感が漂っている。小夏とふゆの物は、奏斗の物よりもバンドが細く、繊細な細工がなされている。レディース物の時計といった感じで、柔らかな印象を与えるものだった。

 

 しかし、デザインは違っても、どちらも似通った雰囲気を持っているように感じられる。その原因はおそらく、時計本体のデザインが同じになっていることだろう。


「……でも、この時計、どっかで見たことある気がするなぁ……」


 シンプルながらメカニックで、男心をくすぐるようなデザイン。既視感のある時計を見て、奏斗が記憶をたどっていると、隣で慧がどことなく嬉しそうな顔をしていた。


「それは、この時計のことじゃないか?」


 そう言って慧が見せてきたのは、スマホの画面。慧が作った例のアプリのホーム画面だった。映っている時計と今さっきもらい受けた時計を見比べると、確かに同じデザイン。一秒違わず同じ時刻を示していた。

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