第54話 ずるい考え

 鉛色の雲が空を覆い、ぽつりぽつりと雨が降る。不穏な空模様の下、奏斗は孤高の天才と対峙していた。奏斗が見つめる先、シャープな眼鏡をかけたその人は、ずっと黙っていた重たい口を開く。


「……そうだ。俺は田川晴樹に手を貸した。作戦だってほとんどご名答だな。アイツは今頃、小夏を誘い出して、拘束しているはずだ」


「やっぱり、そうだったのか」


「……だが、なぜ見抜いていた策略にはまっている」


 SOSが来たということは、そういうことだろう、と慧が尋ねる。意味が分からないという表情に、奏斗は全く動じたそぶりを見せない。


「『真の邪魔者』を見つけ出すためだよ」


 目的を淡々と言ってのけた奏斗に、慧は眉をひそめた。向けられる視線は鋭さを増していく。それでも、奏斗はもう後に引き下がれないことを分かっていた。


「慧は最初に、俺たちに要望を出してたよね。邪魔者を排除してほしいって。慧が言ってた『真の邪魔者』もそれに入るの?」


 奏斗が問うと、慧は「……そうだな」と小さくつぶやく。


「なら、俺は……」


 小夏と舞の決別に関係する第三の人物。つまり、今回の勝負も奏斗たちにとって弊害となる行動をとりうる人物。それが真の邪魔者。


「慧を排除しないといけない。なんせ俺の手持ちの情報じゃあ、慧は俺たちの関係にとって悪になり得るからね」


 契約関係の漏洩、小夏に対して一歩踏み込んだ感情―嫌悪を持っていること。敵陣である晴樹と共闘して、勝負の邪魔を仕掛けてくること。これらの事実を踏まえれば、慧がこの関係にとっての『邪魔者』と判断するのも容易になる。


「……そうか」


 奏斗の答えに、慧はそれ以上何も言わなかった。何も訂正を加えようとしない。


「……それは、すまなかったな」

 

 慧がそうつぶやいた時、その弱々しいつぶやきをかき消すように、奏斗は少し大きな声で言った。


「でも、これはあくまで今の俺の判断だよ」


 奏斗の言葉に、慧は顔を上げた。


「それに、俺の判断に納得していないメンバーもいる。俺だけの意見では、お前を切り捨てる決定は下せない」


「……誰だ。そんな奴、いるわけ」


「小夏だよ。『私は、アイツの憂さ晴らしに付き合う義務がある』って」


 慧は驚いたように目を見開いた。


 慧が晴樹と共謀している可能性があがった時、奏斗もふゆも慧に対する疑いを強めていた。それでも、彼女だけは一歩も引かなかったのだ。


「だから、俺は慧に要望を出す」


「………?」


 四人の契約関係には、友情が絡まない。情けも同情もない。感情的なつながりは一切なく、だからこそ無償で頼みを聞くこともない。それでも、唯一自分の望みを求める方法がある。それは自身の利益と関係の利益が一致する時にのみ、受け入れられるもの。


「真実を話してよ、慧。俺は慧の真意が知りたい。知った上でもう一度判断するから」


 柔らかな風が二人をくすぐる。雨は弱くなり、分厚い雲の切れ間から光が差し込み始める。慧は奏斗の答えを受けて、圧倒されたように固まっていた。


 しばらく続いた沈黙の末、慧は呆れた声で言った。


「………それが契約関係にどうつながる」


 そんなことしても無意味だ、と言わんばかりの声。しかし、奏斗は問題ないと胸をはった。


「何を考えているか分からない奴の真意がわかれば、この契約関係はより強固なものになる。より信用を置ける関係になれるから。それはどう考えても、四人にとって益として働く」


「……ずるい考えだな」


 慧が呆れたように笑う。それを見て、奏斗は少し安堵した。


「SOSが出ているからな。話は歩きながらでもいいか?」


「うん、もちろん」


 慧は真相を全て話してくれた。

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