第63話 ハイテンション男
授業終わりの休み時間、自席でお気に入りの小説を開いた奏斗のもとに、急な騒がしさが舞い込んできた。
「おっす、奏斗! 元気か?」
「……永谷。今日もハイテンションだね」
奏斗の肩を抱きながら、満面の笑みでこちらを見てくるのは、このクラスでもかなりのカースト上位に立つ男―
「それで、俺に何か用?」
「おう。もうすぐ球技大会あるだろ? 俺、体育委員だから、みんなに出たい種目の希望取って回ってんだ」
七月上旬に行われる球技大会。男子はソフトボールとサッカー、女子はソフトボールとバレーボールの二種目から各自選んで参加することが決まっている。どちらの種目に出るのかは、最終的にHRで決定されるのだが、その話し合いがスムーズにいくように、事前に希望をとっているということだった。
―まあ、俺は、どっちも出たくないけど……
体力に自信がない奏斗にとって、球技大会は地獄のイベント。いかにして上手く休むかを、毎年考えているところである。そんな厄介な行事はやはり、高校に入っても存在するのだということを改めて感じ落胆していると、他の希望調査現場が目に入った。
もう一人の体育委員は、
「……矢坂は一緒じゃないんだな」
学級委員、副委員長―矢坂舞。彩は大抵、舞とセットでいることが多い。委員としての仕事とはいえ、より社交的な舞をつけて回っていてもおかしくない気がする。バラバラでいることに珍しさを覚えて思わずつぶやくと、康太が神妙な顔で耳打ちしてきた。
「矢坂と日向、合宿で喧嘩したってほんと?」
「え?」
「何か口きいちゃダメみたいな雰囲気ある気すんだよね」
「あー……」
―それは矢坂が賭けに負けたからだな
どうやら、舞は約束を守っているらしい。それはもちろん、合宿中に持ちかけられた賭けの結果によるもの。『今後一切、小夏に不用意に近づくことを許さない』という条件を、賭けに負けた彼女は守っているのだろう。
賭けが行われていたこと自体を知らない康太には、舞と小夏が喧嘩したようにしか見えないらしい。きっと今回の賭けについて知っていたのは、せいぜい晴樹くらいだろう。
ちらりと横に視線を向けると、他のクラスメイトと会話に花を咲かせていたはずの晴樹は、奏斗に向かって複雑そうに目配せした。
晴樹は合宿の後、奏斗、小夏、ふゆの三人に頭を下げていた。慧がそそのかしたのだから、彼が謝る必要はないと皆で言ったのだが、それでも彼は頭を上げなかった。
―やっぱり、すっきり解決とはいかないな
小夏のおかげでその場の収まりはついたものの、今は舞も晴樹もそれぞれに思うことがあるだろう。
とはいえ、そんな裏側のことを康太に説明するわけにもいかない。心配そうな康太には悪いが、喧嘩したという話は聞いていないので大丈夫だろうと言っておいた。
「それより、球技大会の話だったよね」
「おう、奏斗はソフトとサッカーどっちがいい?」
「俺はどっちに出ても足引っ張ると思うし、特に希望はないよ」
自分で言っていて悲しくなるような答えを告げると、康太は不思議そうな顔をした。
「奏斗って、そんな運動音痴じゃなかった気するけど?」
「人並みに溶け込むよう努力はしてるからね」
変に悪目立ちして反感を買うのはごめんである。奏斗はいつも、いかに空気になれるかをいつも研究しているのだった。
「ふーん……。あ‼ じゃあ、俺に任せてくれよ」
「え?」
「めちゃ良い案思いついたから!」
弾けんばかりの笑顔を浮かべた康太は、大きく手を振りながら去っていく。引き留める隙もなく、嵐が過ぎ去った後に取り残された奏斗は、その良案とやらに嫌な予感しかしなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます