第62話 願うこと

 休日明けの月曜日。合宿後、初めての登校日の朝は騒がしかった。というのも、三階廊下の掲示板の前に人だかりが出来ているのである。


 ―なんかデジャブ……


 どうやら、合宿前に行われた中間テストの結果が張り出されたらしい。高校に入って初めての定期テスト。奏斗は基本的に、テスト前だから特別に勉強量を増やすといったタイプではないが、今回ばかりは少しだけ力を入れた。


 ―でも、自信はないんだよなぁ


 四月の頭に行った実力テストでは、ベスト4に入ってしまったので、今回急に順位が下がっては何だかダサい気がする。妙なプレッシャーがかかっていた。確認したい気持ちと、見ないふりをしたい気持ちがせめぎ合っていると、後ろから声を掛けられた。


「おはよう、奏斗。何、立ち止ってんの?」


 声の主は、日向小夏ひゅうがこなつ。ミルキーブロンドの髪をした小柄な彼女は、腕を組みながら首をかしげている。


「こんなもん、さっさと確認して、さっさと教室行くぞ」


「え、うん」


 半ば小夏に押される形で、人混みを掻き分ける。そして、無事に結果を確認することが出来た。


 一位 秋月慧

 二位 真白ふゆ

 三位 春永奏斗

 四位 日向小夏


「また慧とふゆがツートップか」


「……維持できてた」


 感心そうに結果を見渡す小夏の隣で、奏斗はほっと胸を撫でおろす。


 そんな時、ふと周りの騒がしさが少し収まった気がした。


「また慧くんに負けましたか」


「すまんな」


 後ろで無感情のまま、眺めるように結果を見ている二人。それは言わずもがな、ツートップの二人である。


 スクエア型の眼鏡をかけた知的な少年―秋月慧あきづきけいと、無表情の銀髪少女―真白ふゆ。二人と小夏、そこに奏斗を含めた四人は契約上の友人関係にある。


 学校という社会では、特段、単独行動が好まれない。『友達』がいることが何よりも大切で、独りでいることは寂しく哀れなことであるという感覚が強く根付いている。そんな感覚に異議を唱えるのがこの四人であった。


 本質的に互いが個であることを認めたうえで、共に行動する。独りでいることで不利益を被る場合のみ、互いに手を取り合う契約友人関係は、まさに見せかけの友達だった。


「見てみて! あれって上位4人組だよね」

「学年トップ4が仲良し組だなんて、かっこいいよな」

「オリ合宿でも一位取ってたグループだよね」

「ていうか、結構美男美女じゃん」


 ひそひそと聞こえてくる噂話。慣れない感覚にむず痒さを覚えるが、自分たちが仲良しグループと捉えられているのはいいことである。


 そう思っていたのは、皆同じだったらしい。注目されている今を好機ととらえたのか、慧が四人で話をする流れを作り出した。


「今度、うちで勉強会でも開くか? 教えるぞ。一位の座が危うくなるという経験もしてみたいからな」


「慧のうちで?」


「ああ。何なら別荘でもいいぞ」


「……べ、別荘?」


 これはきっと周りに、互いの家に上がる仲であるということアピールするためのはったりの約束だろう。それにしても、急な別荘持ち発言。奏斗はその真偽にうろたえてしまった。


 しかし、小夏たちは別荘発言に興味はなく、余裕綽々な慧に対抗心を燃やしているようだった。教室に戻る足を進めながら、慧に突っかかる。


「慧、私たちを育てる気か? 自信満々だな。四位の私を軽んじてたら痛い目見るぞ」


「そうですよ。二位・三位の私たちも脅威であることをお忘れなく。ね、奏斗くん」


 急に話を振られてはっとする。振り返ってこちらを見る感情の読めない無表情な銀髪少女を見て、奏斗はとあることを思い出した。


 時は、おとといの休みにさかのぼる。姉と買い物に駆り出された奏斗は、その出先でふゆを見かけたのだった。


 ふゆはこちらに気づいていないようだったが、奏斗はどうもその時の様子が引っかかっていた。


 奏斗の見知らぬ人物と話していた彼女は、知らない表情をしていた。無表情ないつものふゆとは無縁に、満面の笑みを浮かべていた彼女のことが、奏斗はずっと引っかかっていたのである。


「奏斗くん? どうかされましたか?」


「いや、何でもない、けど……」


 首をかしげる彼女の表情に、冷淡さは感じられない。それでも、基本的には感情が空っぽであるかのように無、なのだ。今までもたまに動揺したり、笑ったりすることはあったものの、おとといのような感情むき出しの笑顔は見たことがない。


 それはつまり、この前隣にいた彼が、ふゆの感情を引き出すほどに深い仲にあるということ。彼氏といった間柄であっても不思議ではない。


「……その、ふゆって、他校に知り合いとか、いたりする?」


「どうしたんですか? 急に」


「いや。ごめん、何でもない」


 不思議そうに三人が奏斗を見る。集まった視線に奏斗ははっとなった。


 ―何を確かめようとしてるんだ、俺は………


 奏斗が深い意味はないことを伝えると、何事もなかったかのように教室への足取りは再開された。


 集まっていた注目が散らばった今は、仲良しにみせる会話は特に必要ない。一定の距離感を保って歩く三人の背を見ながら、奏斗はふいに、合宿の帰り道を思い出した。


 四人の関係が、無知によるすれ違いで無意味に乱れることを防ぐために決めた約束事。互いに秘密ごとはなしにしようというあの約束は、あくまでも秘密裏に契約関係を揺るがす行動にでないように、というもの。


 四人は個を守ることで合意した関係である。無意味にプライベートをさらすことは強要すべきでない。


 だからこそ、奏斗が今聞き出そうとしたことは、単に自分の興味に基づくことであり、適切ではなかったのだと、奏斗は反省する。


 ―だけど……


 ただ、一つ頭をよぎるのは、隠し事をなしにしようと言う提案に、応答した二つの『了解』の文字と、どこか遠い目をしたふゆの姿。


 この関係において、一番心情が読めないのはふゆかもしれないと、奏斗は思う。だからこそ、もしも、彼女が何かを隠しているのなら、それは一番厄介な問題になり得るのかもしれない。


 ―お願いだから、それだけは勘弁してほしい………


 とにかく、今、奏斗が願うのは、合宿でようやく矢坂舞の問題に区切りがついた今、これからの四人の関係、及び、学校生活がつつがなく守られますように、ということだけだった。

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