第47話 前半戦
前半は、典型的なウォークラリー。受付で貰ったコマ図を元に歩みを進めていく。経路が何通りかあるのか、周りに他の班の姿はない。人気のない山道をひたすらに歩いていく。
奏斗たちの班の足取りは予想以上にスムーズだった。
見た瞬間に大体の経路を把握した慧が、行く道を教えてくれる。ふゆは少し疑り深く、分岐点の度に小夏と一緒にコマ図を覗きに行っていたが、慧は別に間違った経路に誘導したりすることはなかった。
度々現れる問題も難なく解いていく。今のところは理系的な問題が多く、奏斗の出番はあまりないが、ふゆはほとんどの問題で答えが分かっているようだった。なお、解答用紙はふゆの手元にあるので、慧が勝手に回答させない徹底ぶりは貫いている。
日が高くなってきて、じりじりと気温が上がる。まだ五月であるものの、動いているのも相まってだんだんと暑くなってきていた。
小夏と慧はジャージの上着を脱いで腰に巻いている。奏斗もそうしようかと試みた時、ふと、ふゆの様子が目に入った。彼女はジャージの長袖長ズボンをしっかり着込んだまま、赤い顔をしている。心なしかひどく息が上がっているようにも見えた。
奏斗は先ほど渡された手元の黒いキャップに目を落とすと、彼女に声を掛けた。
「ふゆ、やっぱこれ被ってた方がいいよ。今はあっちの班も近くにいないし、問題ないんじゃない?」
「いえ、結構です。矢坂とお揃いのものなどいりません」
予想通りの答えが返ってくる。そうはいっても、暑さにやられて倒れてしまってはいけない。せめて上着だけでも脱いだ方がいいと助言する。しかし、これも断られてしまった。
「ひどく日焼けしやすいタイプなんです。日焼け止めを塗っていても、すぐに赤くなって荒れてしまって。だから、限界まで脱ぐつもりはないです」
私はまだ大丈夫なので、と言って歩みを進めるふゆ。小夏は心配そうに見ていたが、慧は、本人が言うなら好きにさせてやれ、ときっぱりだった。四人の関係上、慧の対応は正しいだろうが、奏斗は少し引っかかってしまう。
自身の肩掛けリュックを探り、お目当てのものを取り出す。
「ふゆ。じゃあこの帽子、本当にもらっていいんだね」
「はい。もちろ、…………?」
ふゆが振り返ると、奏斗は彼女にアイボリーのバケットハットをかぶせた。無表情の彼女の瞳がほんの少し見開かれる。
「お返し。姉ちゃんがくれた新品のやつだから、汚くはないはず」
合宿に際して、なぜか姉がノリノリでくれた帽子。しかし、自分には似合いそうもなく、被れずにカバンの中に押しやっていた。そのせいで少し畳まれていた感が残っているが、ようやく来た出番に帽子も喜んでいることだろう。
ふゆは、しばらく頭上の帽子をぼんやりと見つめていたが、すぐにこちらに向き直った。
「ありがとうございます」
色素の薄い美少女に、奏斗の帽子はぴったりだった。何とかことが丸く収まったようだと、小夏は側でほっと胸を撫でおろし、「奏斗は『ねーちゃん』呼びなんだな」とからかってくる。
すると、先陣をきっていた慧がふと足を止めた。そのままこちらを振り返り、何やら楽し気に前方を指さしている。
「出番だぞ、奏斗」
慧が指さした先には、パネルが立っていた。それは、先ほどもいくつか見てきたものと同じ、問題が書かれたパネルである。もともとの問題の上に、ラミネートを掛けた問題プリントが張り付けてある。
【竹取物語より出題:かぐや姫が五人の貴公子に出した課題のうち、くらもちの皇子に出した課題を答えなさい】
古典に関する出題。昨晩、ずっと国語便覧で勉強していた奏斗にとって、ようやく回ってきた回答のチャンスだった。慧もふゆも小夏も、よかったな、と言わんばかりにこちらを見てくる。
「……
「「「おー」」」
「乾いた相槌やめて? ってか、慧もふゆも絶対わかってたでしょ」
これまで出てきた問題の中では比較的簡単な有名どころの問題。きっとサービス問題といったところだ。このレベルならふゆはもちろん、慧だってわかっていたはずだが、奏斗が問い詰めると、二人は急に息をそろえたように「次行こう」といって先に歩き始めてしまった。
その後も、奏斗たちの足取りが留まることはなかった。鬱蒼と木々が生い茂る山道や、墓地の前など、不安になる道も多々あった。それでも、慧によって進むべき道は示され、途中途中の問題も主に慧とふゆが難なくこなす。途中から奏斗と小夏はふたりの様子を見守る形になっていた。
「怖いくらい順調だー」
「私らには、学年トップ2がついてるからなー」
青々と生い茂る木々に囲まれた舗装されていない山道。途中で現れた石段をおりながら、呑気な会話を交わす奏斗と小夏。二人の前では、慧とふゆがコマ図をみながら最短ルートを編み出そうとしていた。
今のところ、明らかな妨害は入っていない。出発してから、数班は追い越したものの、舞の班には遭遇していない。この調子で、あちらも正々堂々勝負してくれることを奏斗はひそかに願っていた。
慧にも今のところ不審な動きはない。ふゆも明らかな警戒はやめたようだった。近くに控えてはいるものの、いつの間にか普段通りのやり取りになっている。話し合いは白熱しているようで、二人ともこちらを気にする様子はない。
―詳しいことを聞くのは今がチャンスか
奏斗は前の二人の様子を確認してから、隣を歩く小夏に話しかけた。
「同じクラスの小林。あいつも小夏たちと同じ中学なの?」
さりげなく今朝の出来事を話題に出してみる。すると、小夏は一瞬、驚いたようにこちらを見た。小林―初めて話題に出した人名に、彼女は明らかな動揺をみせる。しかし、すぐにいつもの表情に戻って言った。
「何か話したのか」
「ちょっとね。珍しく話かけられて。あいつ、小夏のことを心配してたよ」
別に慧の話を出すつもりはない。ただ奏斗は、大輝が小夏とどれくらい接点を持っていたのかを確かめたかった。
「小林かー。あいつ、中学の時も何かと私を心配してくれてたよ。変な噂が立ってるけど大丈夫か、とか、俺は二人が仲良しなの知ってるから、とか。結構頻繁に声かけてくれた。本当、優しい奴だよな」
小夏は困ったように笑った。その表情がどこか煮え切らないものだったように見えて、奏斗は少し眉をひそめた。
「小林は、小夏にとってどういう奴だった?」
奏斗が問うと、小夏は目を少し見開いた後、軽く握った右手を顎にあて、しばらく考え込む。そして、どこか遠くを見つめながらつぶやいた。
「……優しい奴。でも、当時の私にとっちゃ、味方ってわけでもなかった、かな」
「どういう意味?」
「私の気持ちも知らずに仲良しのレッテルを張られても、私は苦しくなるだけだから。それは、私を悪く言う噂と大差ないんだよ」
「……そっか」とだけ答えて、続く言葉を探していると、階段の上で慧たちがこちらを呼んでいることに気づく。
自然の傾斜に合わせて作られた階段を急いで上っていくと、広い公園のような場所が広がっていた。公園といってもブランコが一つあるくらいで他の遊具は特にない。奥に屋根つきのベンチが置いてあり、そこで才川先生が手を振っていた。
今がどういう状況か分からずに、慧に目を向ける。すると彼はふっと微笑んで言った。
「ご苦労さまだったな。これで前半戦は無事終了だ」
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