第46話 開幕
集合時間十分前。青々とした晴天の下で、玄関ホール前は賑やかしい色合いになっていた。というも、別にホールが華やかに装飾されていたわけではない。そこに集う生徒たちが様々な装飾を身に着けていたのである。
二日目のレクリエーションでは、班ごとにお揃いのものを身に着けるというのが伝統になっている。今年はなぜか派手めなものも多く、有名テーマパークの被り物で揃えている班があったり、蛍光色の帽子で揃えている班があったりと、見た目から騒がしいものも多くなっている印象がある。
その中で、奏斗たちは控えめかつ、無難な赤いペイズリー柄のバンダナを付けていた。というか、付け直してもらっていた。
「奏斗くん、何ですか。その乱雑な巻き方は」
集合して早々、ふゆに見つかってしまう。彼女はこの前の買い物で調達した黒いキャップをかぶっていた。お揃いのバンダナは後ろで結った三つ編みに編み込まれている。何ともおしゃれなアレンジだった。対する奏斗のバンダナは、首元で不格好に結ばれている。
「え、だって、よくわかんなかったし。でも、これもきっと一周まわっておしゃれ……」
「何言ってるんですか。すぐに直しますよ」
首元で適当に巻いたバンダナは解かれて、ふゆが、さっとネクタイ巻きに結び直していく。ふゆの手際はとてもいい。ただ、母にネクタイを結び直されている父が、少し嬉しそうにしていたのを思い出して、何だか気まずい思いになってしまう。短いはずの時間が、少々長く感じた。
そんな二人の横では、慧のバンダナを小夏が巻き直している。奏斗がちらりと目をやると、二人はいつもと変わらない雰囲気だった。
「小夏って意外と手が器用なんだな」
「意外って失礼だな。慧こそ、意外と不器用なんだな」
当初、慧は手首にバンダナを雑に巻き付けていた。独自のアプリを開発したり、手の込んだ腕時計を作ったりできるくせに、この手のことには興味がないらしい。仕方ないなという様子で小夏は綺麗に巻き直している。彼女はバンダナをカチューシャ風にアレンジしており、ぴょんと飛び出た結び目がうさ耳のようでかわいらしい。
ただ、この二人を見ていると、先ほど聞いた衝撃的な言葉が脳裏をよぎってしまう。
―『日向を見ているだけで不愉快だった』
奏斗は思わず目を伏せた。
あの後、奏斗は部屋に戻り、バンダナなどの準備をさっと行った後、慧と共にこの玄関ホールに向かった。その間、特に会話は交わされず、大輝との話について詳しく問われることもなかった。現時点で最も警戒すべきは舞であるが、慧がどういう行動に出るか分からない以上、こちらの警戒を怠ることもよくないだろう。
さすがに、それを奏斗だけでやるのは不安だった。できれば、ふゆと先ほどのことについて話し合いたいが、慧がこの場にいる以上それもできない。頭の中でぐるぐると考えを巡らせていると、ひんやりとした両手が顔を覆った。
「……ひ⁉」
そのまま、顔を正面に戻される。無表情の銀髪少女がこちらをじっと見つめている。どうやら、結び直し終わったようだ。ふゆはそっと手を離すと、小さくつぶやいた。
「……文系科目はあちらの頭脳に頼らないで頑張りますよ」
いいですか、とふゆが念押ししてくる。彼女はやはり慧を不安視し続けているらしい。ウォークラリーの順位には、途中で出題される問題の得点が大きく影響する。彼に回答委ねすぎると、わざと正解を外して舞の班に有利に動く可能性があると彼女は思っているのだろう。
―警戒してくれているなら、ひとまずは詳しいことを伝えなくてもいいか
それに大輝の話が本当のことだと決まったわけではない。彼を疑いたいわけではないが、彼を信用するにはまだ付き合いが浅すぎる。先ほどは混乱して焦ってしまったものの、奏斗は少し冷静になろうと思い直していた。
*
集合時間になると、班ごとに並ばされ、教師たちや実行委員による説明が行われた。
今回のウォークラリーは二部制になっている。まず、前半はコマ図を元に途中で出題される問題を解答用紙に記入しながらゴールをめざす。ゴール地点では、ひとまず昼休憩を行い、全員が揃うのを待ちながら配られる弁当を食べることになっている。
後半は、再び宿泊施設を目指して戻ることになっているのだが、この時は少しやり方が変わる。この時、班の中の女子組はバスで先に施設に戻ることになっているのだ。女子組は施設で出題される問題に取り組みながら、男子組の到着を待つ。男子組の出発時刻から全員揃って受付に申し出た時刻の差分がタイムとして記録されることになっている。
簡単に説明が終わると、実行委員長の女子が前に進み出て、マイクを持ち直す。
「なお、順位は回答した問題の正答数、前後半のタイム合計を考慮して決定します! みんな頑張ってください。一位の班には景品もありますし、みんな知ってるあの伝説もありますからね!」
実行委員長はそう言って、片手を頬に当てながら、うっとりとした表情を浮かべていた。それを見て、周りの生徒たちもざわざわと盛り上がり始める。奏斗はもちろん、何のことかさっぱりだったが、それはふゆも同じだったようで、前に座る小夏に声を掛けていた。
「あの伝説って何ですか?」
「よくある恋愛成就の伝説だ。クラスの女子たちも昨日の夜、盛り上がってたじゃん。もしかして、ふゆ寝てたのか?」
「夜更かししてまで恋バナにつきあうのは面倒だったので」
「……ふゆらしいな」
伝説というのは、一位になった班からは生涯を共にするカップルが誕生するというもの。どうやら後半戦の女子組の男子組の帰りを待つという構図が、王子の到着を待ち望むお姫様になぞらえられているらしい。小夏の聞きながら、奏斗はこの伝説を作りたいがための後半戦なんだろうなと思った。
無論、ふゆは、「考えた人は相当なメルヘン脳ですね」と毒を吐いていた。
説明が終われば、順次出発。スマホ等の貴重品が回収され、代わりに万が一の連絡用端末が手渡される。解答用紙とボールペンが挟んであるバインダーが各班一個ずつ配られ、ふゆはすぐにその管理を申し出ていた。
奏斗たちは一年A組なので出発は早い方。出発時刻を記録してもらう受付に並んでいると前に、注目の班が並んでいた。桜色のポニーテールをゆらす少女は、周りの三人とお揃いの黒いキャップをかぶっている。
すぐに気づかれたようで、舞は小夏に近寄ってきた。ふゆが「何でしょうか?」とガードに出ると、彼女はふんわりと笑った。
「あれ? 真白さん、私たちと同じ帽子じゃない? 奇遇だね」
ふゆの帽子と舞の班の帽子はまったく同じだった。無地でワンポイントもなしのシンプルなキャップ。これでは、ふゆがあちらの班の一員に見えてしまう。嫌な偶然だなと思っていると、ふゆはくるっと奏斗の方を見た。
「やっぱり蒸れそうなので、これは奏斗くんにあげます」
「え?」
雑に帽子をかぶせられる。ふわっと甘い香りが鼻をくすぐってきた。深くかぶった帽子のせいで視界が覆われて、目をぱちくりとしていると、慧がさっと帽子をとってくれた。
帽子を受け取り、我に返って敵陣に目をむけると、奏斗は人数が足りないことに気づく。
「そういえば、田川はどこ? この班のリーダーって確か田川だったよね」
尋ねると、康太が切ない表情を向けてくる。「そうなんだよー、聞いてくれよ、奏斗ー」と言って肩を抱いてきた。何事かと思っていると、彼が何か言う前に慧が先に答えた。
「田川ならあそこだ」
晴樹は、玄関ホールにあるベンチに座っていた。何やら青い顔で俯いており、男性養護教諭に背中をさすられている。
「晴樹の奴、朝から顔色悪くてさ。何か腹痛いみたいで、ぐったりしてんだ」
康太の話によれば、晴樹は体調不良のために今回のレクリエーションには参加しないらしい。リーダーは舞に変更。幸い、晴樹の班は五人なので、彩が康太と一緒に後半戦に臨むという。舞は、心配そうに晴樹に目を向けた後、こちらに向き直って言った。
「お互い頑張ろうね。私たち絶対負けないから」
―遂に勝負が幕を開ける
舞が何かを仕掛けてくるのか、それとも正々堂々の勝負なのか、慧はどう動くのか、不安は絶えない。下手をすれば、これが契約関係の最後になるかもしれない。奏斗はさらに気を引き締めた。
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