第48話 しばしの休息
前半が終了し、あとは後半戦を控えるのみ。奏斗たちは、木陰にレジャーシートを広げ、配られた弁当を食べていた。いわゆるオーソドックスな幕の内弁当。白いご飯に小梅が一つ。ごま塩がふられている。おかずには、エビフライや唐揚げ、奏斗の好きな卵焼きも入っていた。
奏斗は真っ先に好物を頬張った。他三人も、黙々と食事をとっている。貴重品として預けられていたスマホも今は一時的に返却されているため、各々が各々の昼休憩を満喫していた。
ゴールしている班はまだ少ない。鳥のさえずりや木々のざわめく音。のどかな自然の音だけが響いている。そんななか、慧がふいに口を開いた。
「ここまでのタイムは問題ないだろう。俺たちより先に出発した矢坂の班もまだ戻ってきていない」
学年一位の慧がいる時点で、問題によるポイント数もこちらが有利。正当な勝負で舞たちの班が対抗できるとするなら、タイムをいかに縮めるかという点に限る。しかし、それも今のところはこちらが勝っているので、現時点での勝ちはほぼ確定しているといっていいだろう。
そうはいっても、前半戦でおとなしくしていた舞の班が、後半戦も同じようにしているとは限らない。負ければ小夏に容易に近寄れなくなることをあっさり受け入れた彼女が、無策でこの対決を挑んだとは考えにくい。
「引き続き、警戒しておこう」
慧の注意喚起を受け、三人は真剣な顔で頷く。その中で、ふゆは奏斗に意味深な視線を向けた。きっと、警戒対象には慧も入っていると言いたいのだろう。
後半戦は二手に分かれることが決定している。つまり、後半戦で慧を監視下におけるのは、奏斗だけなのだ。
―気が重い
心の中で小さくため息をつく。
慧は目立つような不審な動きはしないはず。影で手を回し、自分の求める結果を手に入れる。ならば、もう彼は手を打っているのかもしれない。
彼が時限爆弾を仕掛けていたとしても、それが作動するときには、こちらが打つ手はきっとない。いくら近くにいたとしても、奏斗には何もできない。
もはや、ここで何を考えていても意味はないように思えてくる。無気力に冷たい白飯を頬張っていると、慧がすっと立ち上がった。
「……すまん。ちょっと抜ける」
慧はスマホを腰ポケットに突っ込むと、そのまま奥に見える小さな建物に向かって歩き出した。その姿を目で追いながら、奏斗はひそかに胸騒ぎを覚えていた。
慧が向かった木製の建物の中には、ちょっとした休憩スペースが設けられている。ベンチ・テーブルがいくつか並んでおり、自販機やとトイレも完備しているのだと、先ほど先生が教えてくれた場所だった。
「そういえば、中どんな感じなんだろ。後で私も行ってみようかな」
遠ざかっていく慧の後ろ姿を見送りながら、小夏がつぶやく。すると、ふゆが横から茶々を入れた。
「珍しく興味深々ですね、こなっちゃん。お弁当が終わったら一緒について行ってあげますよ」
「うるさい! 別についてこなくていい!」
わちゃわちゃと言い合っているふゆと小夏を見ながら、奏斗は少し安心する。見た目も性格も正反対の凸凹コンビではあるものの、最近はうまい具合に調和がとれているように思う。
だからこそ、先ほどの少しぎこちない雰囲気が対比され、奏斗は複雑な気持ちになってしまっていた。
*
結局、弁当を食べ終えた二人は、一緒に休憩所を見に行ってしまった。奏斗は四人分の広いレジャーシートにただ一人、荷物番として居残りとなる。
持ってきた肩掛けカバンから馴染みの小説を取り出す。しばらくは空想の世界に浸っていた。しかし、温かな春の陽気にあてられて眠気が襲ってくる。気分を変えようと思い、あたりを見回してみると、公園全体の雰囲気が先ほどとは少し変わっていることに気づいた。
いつの間にかほとんどの班がゴールしていたようで、皆が弁当時間を楽しんでいる。その中には、対決中の舞の班の姿もあった。
晴樹の不在によって、女子三人に対し男子が一人のイレギュラーな班ではあるが、康太は女子会にナチュラルに溶け込んでいる様子である。まわりの男子たちにハーレムだなんだと茶化されているものの、その度に『羨ましいだろ?』と言ってのける強心臓であった。
決して相いれない人物だとこっそり思っていると、こちらに気づいた康太が『お前も混ざるかー? 奏斗ー』と手を振りながら大声で呼びかけてくる。びっくりして、全力で首を横に振ると、彼の満足げな笑い声が聞こえてきた。
―あいつは、きっと矢坂の企みに気づいてはいないんだろうな
陽気な彼を見ていると、変に気が抜けそうになる。敵陣がみんな彼であったら、どんなに楽だっただろうと、現実逃避じみたことを考える。すると、背後から眠気を誘う声がした。
「こんなところでも読書してるのか」
振り返ると、物珍しそうな顔でこちらを見ている才川先生の姿があった。
「悪いですか」
「いや。そんなことは言ってない」
また来たのか、といわんばかりに怪訝そうな声を出す奏斗。しかし、先生は構うことなく奏斗たちのレジャーシートにどっかと腰を下ろした。
「何かあったか。何だか気疲れしているようだが」
鋭い問いかけに一瞬どきっとしたが、すぐに思い直す。最近ようやく他人とつるみだした生徒がなぜか一人でいるので、気がかりだっただけだろう。
「別に何もありません」
他三人は休憩所を見に行っているだけだと、一応伝えておく。別に喧嘩してばらばらになっているわけではない。四人はそれぞれの休憩時間を謳歌しているだけなのだ。
「そうか。でも、その本、逆だぞ」
「……え?」
見ると、手にしていた本は上下が逆さまになっている。完全に不覚だった。焦って本を閉じ、リュックにしまうが、これでは完全に様子がおかしいことを肯定してしまっている。奏斗は観念して、小さくため息をついた。
「……頭を使い過ぎて、もう嫌になってきたところです」
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