第49話 求めていたもの

 「……何があった?」


 奏斗の小さなつぶやきに、才川先生は優しく問う。


 すっかり賑やかになった公園。一つしかないブランコには沢山の生徒が群がっている。ところどころで、肩を組んで自撮りをしている生徒や、幼少に戻ったように鬼ごっこをし始める生徒も出てきている。


 そんな騒がしい光景をどこか遠くに見ながら、奏斗は話を続けた。


「やっぱり、人が集まったらろくなことが起こらない。すぐにすれ違うし、裏切られることだってある。もはや誰を信用していいかわかりません」


 契約関係として、情の絡まない友人関係を作れば、大した問題は起こらないと思っていた。それなのに、結局、内部からも裏切りが出る可能性が浮上している。


 同じ考えを共有しているとしても、結局は赤の他人。それぞれがそれぞれの利益を求めた結果、情が絡まないからこそ、関係を裏切っても何も思わないのかもしれない。そんなことまで考えてしまっていた。


 奏斗が黙り込んでいると、才川先生は奏斗の肩をぽんと叩いた。


「悩むことは良いことだ。今は頭が溶けそうになるくらい悩むといい」


「そんな適当な……」


 あっけらかんと言ってのける先生に、結局は茶化しに来ただけなのだな、とあきれた視線を返す。すると彼は、適当なんかじゃないさと言って話を続けた。


「疑って、悩んで、また疑って。その繰り返しで、人は少しずつ他人を知っていくんだ。そんなめんどくさい段階を踏まないと、他人のことなんて分かるようにならない。それくらい他人を知るのは難しいことだ」


「……ほんと面倒ですね」


「でも、知らない人間を信じることはできない。だから、誰かを知ろうと悩むことは悪いことじゃないと、俺は思うぞ」


「……じゃあ、悩んでも答えがでない時はどうすればいいんですか」


 脳裏に浮かぶのは、凍てつくような藍色の瞳。シャープな眼鏡のレンズに隠れた彼の真意はいつだってわからない。


 天才的な頭脳には、届きはしない。何を考えても無駄なようにしか思えなかった。裏切られてから、結果を得てからようやく終わりのない迷宮から出られる。そんな元も子もない気持ちでいると、先生が優しい声で言った。


「春永はそいつを信じたいんだろ?」


 奏斗は長い前髪の下でほんの少し目を見開いた。


「だから今、お前は頭を悩ませている。そのままでいいさ。いつかきっと答えは出る。どうでもいい相手なら、そんな風に悩んだりしなくていいけどな。信用できない相手だ、ってばっさり切り落とせばいい。……まあ、その場合、一度切った相手はもう二度と信用できないだろうがな」


「…………」


 契約上の関係だから、他人だから、互いを深く知る必要はないと奏斗は思っていた。四人をつなぐのは契約のみ。それでいい、と。


 でも、それでは弱いのかもしれない。現状、裏切り者がでるかもしれないくらいには、この関係は脆く、粗雑なことを証明している。


 ―互いを知ってこそ、互いを信用できる。盤石な関係を気づくことができるのかもしれない


 そう思った時、奏斗ははっとした。


 いつのまにか、作り物の友達関係におとなしく組み込まれようとしていた。所詮は偽物の関係なのだから、裏切られてしまっても仕方ない。それでも、約束を交わしたのだから裏切らないでいてほしい。そうやって、契約以上の力では縛れない相手に、根拠のない信頼をよせようとしていた。


 でもそれではいけないのだ。本来の奏斗が求めていたのは、真の友情関係の劣化版ではない。


 彼が求めていたのはあくまで、一人の時間を守るための関係を築くこと。その関係は、確固たる信用の元に成り立っていなければならない。曖昧なものであってはいけないのだ。


 ―そうとなれば、俺がやることは決まっているのかもしれない


「……じゃあ、もうしばらくは悩んでみます」


 そう言うと、才川先生は奏斗の頭をわしゃわしゃと豪快に撫でた。


 ***


 奏斗が意思を固めている頃、慧は休憩所の建物の裏にいた。見晴らしのいい景色に背を向けた彼は、耳元にスマホを当てている。


「体調はどうだ。まさか朝からとは思わなかったが、それもアイツの命令か?」


 低く淡々とした声で問う慧。電話越しに聞こえてくる声は、あまり覇気がない。


『……まあ、そんなとこだ』


「じゃあ、午後からの作戦は予定通り実行するつもりなんだな」


『ああ。そのつもりだよ。……でも、本当に大丈夫なのか。昨日も言われた通りやったけど、あんまり揺らぐ様子はなかったよ』


「今はそれでいいさ。それより、頼んだぞ。お前があいつの本音を引き出してくれれば、お前も少しは楽になれるはずだ。お前はお前のためにやればいい」


 そう言うと、慧は通話を切った。ポケットにスマホをしまい込むと、大きなため息をつく。


「……俺だって、俺のためにやるだけだからな」

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