第50話 再び出発

 昼休憩が終わり、いよいよ後半戦。ここから班は二手に分かれることになる。男子組はここから元居た宿泊施設を目指してウォークラリーを続行。女子組は先にバスで戻り、施設内で出される問題に取り組むことになっているのだが、バスへの乗り込みは、男子組の出発を見送ってからというのが伝統になっていた。


 受付に並び、新たなコマ図を渡されるところまでは一緒にいて、そのまま出発を見送る。別に今生の別れというわけでもないので、特に感情のこもった会話を交わしている班はあまりない。『気をつけて』『おう』と言った無難なやり取りをして、あっさりとした別れを迎えていた。


 それでも、変わった班もある。またしても、奏斗たちの前に並んでいる黒キャップの集団は、少々騒がしい様子だった。


「任せてよ、水上。お前に辛い思いはさせないぜ」


「アンタ、さっき間違った道教えてきたでしょ。絶対信用しないから」


 何やら張り切っているの康太と、あきれ顔の彩。体調不良の晴樹に代わって、彩は康太と二人、後半戦を共にする仲間なのだが、どうもすれ違っている様子である。ノリノリの康太を容赦のない冷たい言葉でぶった切る彩を見ながら、奏斗は思わず苦笑いを浮かべた。まあ、そうは言っても、彼の表情は変わっていないのだが、彼自身は隣にいた小夏と同じような表情をしているつもりである。


 ―あっちも大変そうだな


 出発してからも、康太はずっとこちらに手を振っていた。そんな彼を彩は、首根っこをつかんでズリズリと引っ張っていく。そんな様子を見守っていると、今度は奏斗の班が受付の先生に呼ばれた。


 いよいよ奏斗たちの出発の時。一歩前に進み出ようとした時、こちらに戻ってくる桜色の髪の少女と目が合った。すれ違いざま、一瞬見えたその表情は、いつものようなふんわりとしたものではない。紅玉の瞳には、はっきりとした敵意が現れていた。


 一瞬、動揺しかけたが、すぐに気を取りなおす。受付で必要なものを受け取ると、いよいよ出発となった。


「二人とも、仲良く頑張ってこい」


 緊張気味の奏斗に気づいたのか、受付の後ろに控えていた才川先生が、奏斗と慧の肩を抱きよせ、楽しそうに激励してきた。奏斗が慧に目を向けると、彼はふっと微笑む。それは決して気分の悪いものではなかったが、ひどく優しいその笑みが、奏斗には意味深なものに見えて仕方がなかった。


 先生が持ち場に戻ると、慧は小さな声で、矢坂のことは任せた、とふゆに伝えた。それに答えて頷くふゆの隣で、緊張した面持の小夏もまた、小さく頷いてみせる。


 一番の伝達事項が済み、歩みを進めようとすると、ふゆが奏斗の手を引いた。


 そのまま、銀髪少女はこっそり奏斗に耳打ちした。一瞬で急接近した二人の様子に周りはどっと盛り上がる。あまりの近さに奏斗の耳は真っ赤に染まっていたが、それは単なる反射にすぎない。別にささやかれた内容にときめいたわけでもなんでもなかった。


『私は慧くんを敵に回したくありません。帰ってくるまでに片をつけておいてください』


 ―白黒つけておけってことなんだろうな


 耳打ちした後、ふゆはくるりと向きを変えてバスの方向に戻って行ってしまった。隣で小夏は頭に沢山のはてなマークを浮かべたように困惑している。


 遠ざかる二人を茫然と見つめながら、奏斗は先ほどのふゆを思い出す。気のせいかもしれないが、彼女の表情はいたずらに笑っているように見えた。


「……またしてもとんだ無茶ぶりだな」


 ため息をつきたいのを、押し殺して、小さくつぶやく。向きを変えて、改めて歩みを進めようとすると、慧が問うてくる。


「ふゆ、何だって?」


「矢坂が巻き返せないくらい早く帰って来いって」


 適当な言葉を返すも、慧は納得してくれたようだった。そうか、と言った彼は、すぐに手元のコマ図に目を落とし、最短距離を計算し始める。


 頼れる天才を横目に、この人を心から信じられたらどれほど心強いだろうと考える。しかし、そんな不確実な願望にすがっている暇はない。


 ―それを現実に引き寄せるのが、俺の仕事だ


 奏斗は思いを新たにする。ただ、真剣な奏斗に対し、慧は「……あ」とつぶやいた後、こちらに意地悪に微笑んだ。


「今の出来事で、奏斗とふゆは噂好きの奴らの餌食になるだろうな」


「えー……」


 帰った後も面倒なことが続きそうな予感がする。奏斗は少々出鼻をくじかれてしまった気がした。

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