第51話 後半戦
後半戦、男子の帰るルートに問題は設置されていない。その代わりに、ひと足早く施設に戻っている女子組が問題に取り組むことになっている。
問題の難易度は、前半で出題されたものと同レベル。記号問題もあれば、自身で答えを考えるものもある。ペーパーテスト形式で行われ、カンニング防止のために班ごとに別々の部屋を用意されているという。もちろん、男子組と同じくスマホ等の貴重品も回収されている。
「……どこの部屋にいるかまでは書いていないんだな」
歩きながら、コマ図を隅々まで見ていた慧が、ぼそっとつぶやく。慌てて奏斗も確認するが、書いてあるのは少しのヒントくらいだった。
「……なになに?【仲間外れは数えない】で、牛と猫と馬のイラスト……?」
ヒントと言ってもなぞなぞのようなもので、奏斗は完全にお手上げだった。知識ではなく、ひらめきを求めるような問題は大の苦手である。
慧はすぐに答えの検討をつけたようなので、解答は任せることにした。
先ほどから奏斗たちは、前半戦で進んできた道を辿っている。先生の説明では、前半とは違う道順のコマ図が渡されるということになっていたのだが、山道は似たような景色ばかり。それでも順調に歩いてきているので、時間から考えて、そろそろ中盤をすぎるといった頃だろう。
緑が生い茂る山道が続く中、先ほどとは違うところが一つだけあった。それは、どんよりとした天気である。天気予報では、今日一日晴天だったはずなのだが、雲行きがほんのり怪しい。灰色の雲が空を覆い始めていた。
―通り雨だか何だか知らないけど、とりあえず帰るまでは持ちこたえてくれ
万が一のための雨合羽は持っているが、できれば使いたくはなかった。雨でべしょべしょになった合羽の管理は面倒極まりない。
―まあ、そんなこと考えてる場合じゃないんだけど……
出発からずっと奏斗の脳内を占めている人物。それは、もちろん隣で無我夢中に歩いている彼である。手元のコマ図に目を落とし、軽く握った右手を顎に当てている彼の脳内では、今もなお奏斗の想像を超えるスピードで思考が進んでいるのだろう。
それでも、奏斗は先ほど心を決めたのだ。慧が小夏を嫌っているかどうか、彼が契約関係において敵となる存在なのか。それらを勘ぐって悩む前に確かめるべきことがある。
「慧。あの……」
「ん? どうした?」
立ち止った奏斗に振り返って、慧も足を止める。単調なのにどことなく穏やかなその返しに、奏斗はおずおずと顔を上げた。なんだ、と首をかしげている彼と目を合わせながら、奏斗は震える拳をぎゅっと握りしめた。
『友達』ではないから、踏み込んではいけない。知らなくていい、と思っていた彼の真意。でも、それではいけないのだ。放っておけば、契約関係は今この瞬間に崩れ去ってしまう。そんな気がしている。
過去に何があって、慧は今、何のために動いているのか。それを知らなくてはいけない。噂ではなく、彼の口から。
―慧が自分のために動くなら、俺は俺のために動く。盤石な契約関係を手に入れるために。
奏斗は大きく息を吸った。そして、鋭く息を吐くと、慧にしかと向き直る。そうして、最初の一言を口にしようとしたその時、嫌な予感が走った。
>>ヴヴッ
「「…………!?」」
最悪のタイミングで右腕の時計が振動してしまう。腕時計のチャット画面には、位置情報が表示されていた。
緊急事態。誰かがSOSを出していることを通知している。
四人のうちの誰かが、舞の手にはまった可能性がある。無論、今ここにいる慧と奏斗は無事なので、SOSを出すのは他の二人だろう。
「慧……?」
「……あ、ああ。この位置は、恐らく施設の中だ。小夏かふゆのどちらかだろう」
慧は少し茫然としていた。いつもの彼にしてはらしくない様子だったが、慧はすぐにいつもの冷静さを取り戻す。
「とにかく先を急ぐぞ……」
「待った」
今にも走り出しそうな勢いの慧の腕をつかむ。振り返った彼の瞳は、かすかな焦りが滲んでいるように見えた。先ほどに比べるとあまり余裕があるようには見えない。
「……今の慧は、行かせられない」
「何言ってるんだ。緊急事態だろ……」
緊急事態にすぐ駆け付けられるように作られたのがこのシステム。慧の言うことはもっともである。
しかし、奏斗には譲れないわけがあった。長い前髪の隙間から覗いた彼の右目は、困惑する慧をしっかりつかんでいる。
「それでも無理に向かうなら、……俺は今すぐにでもお前を『邪魔者』と判断する」
慧の腕をぎゅっと握り、震える手に喝を入れる。すると、慧は先を急ごうと踏み出した足を元に戻した。力んでいた腕は緩められる。
短いため息をつき、こちらを見た彼の目は、今朝のような冷え切ったものになっていた。それはまるで、警察に行く手を阻まれ、降参だと手を挙げた犯人のように、据わった目である。
「慧は、この緊急通知に心当たりがあるでしょ」
「……何の話だ」
「……慧が昼に使っていたスマホ。あれは慧のものじゃないよね」
慧のスマホは黒色の本体であり、彼はそれを黒の手帳型ケースに入れて使っている。しかし、昼に彼が使っていたスマホは本体が白色だった。
「……へえ。気づいていたのか」
恐らくケースだけは自分のものなのだろうが、カメラを通すために開けられた穴から、本体の色は丸見えになっていた。彼の使っているスマホケースが黒色なのもあって、反対色の本体は違和感を感じさせすくなる。
「お前は誰かと交換したんだ。その交換相手がこの犯人なんじゃないの?」
そう言って、奏斗は自身の右腕を顔の横に掲げた。慧は、眉一つ動かさず、否定も肯定もしない。それでも奏斗は話を続けた。
「交換したスマホを使って慧を装った奴が、小夏をどこかに誘い出した。それが恐らく、このSOSにつながってるんじゃないのか」
「…………」
「貴重品が回収されている今の時間にそれができるのは、一人しかいない」
―それは、ただ一人、このレクリエーションに参加していない人物。
「……田川晴樹だ」
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