第3章 即席仲良し作戦
第24話 お出かけ
無事に班決めが終わり、合宿当日を待つとある休日。奏斗はバスに乗り、主要駅に向かっていた。時刻は午前九時。休日にしてはわりと朝早い時間帯なのだが、バスにはかなりの人がいる。
―休みは昼まで寝るのが一番!って、人類共通認識じゃないのか……
休日は基本、家に閉じ籠っている奏斗にとって、この時間から行動している人の気持ちは到底理解できない。しかし、そんな彼がをわざわざ出向いているのには、とある理由があった。
ことの発端は、先日の班決めに遡る。舞の『契約上の友達』発言によって、関係性を疑われることとなった四人は、どうにかして仲が良くみられる方法を探っていた。
その結果出されたのが呼び名を変えるというものだったのだが、実はこの時、別の案も上がっていたのだ。
提案者はふゆだった。
「合宿前の土曜日。駅前の複合施設に買い出しに行きませんか? 合宿の準備にあたって、不足しているものを買いに行くんです」
「どうした、ふゆ。『みんなで行く必要あります? めんどくさい』って、お前が一番嫌がりそうなことじゃないか」
珍しい提案に、小夏が突っ込みをいれる。瞬時に挟んだふゆのものまねに、本人は「……こなっちゃん?」と無言の圧力をかけていたが、その完成度はわりと高かったように思う。
ふゆの提案の詳細に三人が注目する。彼女はちらりと周囲に目をやったあと、自身のスマホを手にとった。
―こっちで会話するってことか
各々のリーダー決めも終わり、皆退屈しているのだろう。いつの間にかこちらに向けられる視線が増えていた。ふゆは、そんな状況を確認し、聞き耳をたてられることを恐れたのだろう。
>> ヴヴッ
バイブレーションと共に、慧が作ったアプリに新着メッセージがあることを示すマークがつく。開いてみると硬い文が一つ届いていた。
<これも、私たちの関係が疑われないための策だ>
―そういえば、こんな感じだったな。最近使ってなかったけど、個人が特定されない文に変換されるんだっけ
ふゆがメッセージを送ってきたのは、例の特殊なチャット欄。慧が興味本位で作ったもので、単に全体へ情報を共有することを目的とした、個人が特定されないグループチャットだ。
普段敬語しゃべりのふゆから送られる、言いきりの硬い文に若干のおかしさを覚えつつ、続くメッセージを待つ。
要するに、ふゆの提案はこうだった。
休みの日に皆で出かけた事実を作る。そうすることで、クラスメイトの見ていないところでも、親睦を深めているという印象を与えるというもの。面倒くさがりなふゆも、出かける目的が合宿のための買い出しなら無駄な外出にならず効率的であると判断したらしい。
さらに彼女にはとある考えがあった。
<実は先ほど、クラスメイトたちが同じ提案をしているのを聞いた。彼らにとって、買い出しは単なる口実で本当の目的は遊びに行くことだろうが、そんなことはどうでもいい。大事なのは、私たちが同日、同じ場所に出かければ、彼らが私たちの姿を目撃する可能性が高くなるということ>
メッセージを打ち終わり、ふゆが顔を上げる。
「……なるほどな」
舞の発言があったことで、クラスメイトの奏斗たちへの関心は高まっている。だからこそ、休日も一緒にいる姿が目撃されれば、その噂がすぐに広まる可能性も高い。
休日も共に集まるような関係であると知れれば、しばらくは四人の『契約上の友達説』も薄まるはずだ。
ちょうど全員の予定も空いていたので、ふゆの提案は遂行されることとなった。
*
硬い文が並んだチャット画面を閉じると、先ほどよりもバスの乗客が増えていることに気づく。人混みに飲み込まれていたことに気付き、早くも帰りたいと思い始めた奏斗だったが、終点である目的地がアナウンスされ、ほっと胸を撫で下ろした。
バスを降り、辺りを見回す。駅はさらに多くの人で賑わっていた。大きなキャリーケースを持った観光客や、金髪碧眼の外国人カップル、可愛らしいリュックを背負った小さな女の子は満面の笑みで両親と手を繋いでいる。
「……まだ二十分前か」
バスターミナルから待ち合わせ場所までは少し歩く必要がある。それを考えて早めのバスに乗ったものの、この人混みの中で待つと思うと、いささか気がひけてくる。
しかし、そんな心配は無用だった。
待ち合わせ場所にはすでに三人の姿があった。まだ少し距離があるが、遠くからでもあれが慧たちであることは明らかである。
スマホをいじる小夏。その隣で文庫本を開いているふゆ。二人の近くに立ち、小難しい哲学書を開く慧。各々、互いを気にかける様子はなく、自分の好きなことをしている。その光景はまさに奏斗たちの関係を簡潔に表しているようなものだった。
―学校ではもう少し仲がよさそうに振る舞うべきなのかもしれないな……
これでは、早々に関係がばれてしまいかねない。今日の外出が少しはプラスに働いてくれることを期待しつつ、合流しようとした時、奏斗はとある視線に気づいた。
三人に向けられている浮ついた視線。何となくその理由を察知すると、案の定なひそひそ声が聞こえてくる。
「ねえ、あの人かっこよくない?」
「あの子、フリーかな? めちゃ美人」
「てか、隣も美人じゃね?」
元々、三人とも顔立ちが整っている。それが、休日仕様の私服姿であることでさらに際立っているのだ。全体的に、華やかなオーラが漂う。
無地の白シャツに爽やかな紺色のカーディガンを羽織り、細身な黒のズボンを合わせている慧は、珍しく前髪を下ろしているからか、いつもより柔らかな印象になっている。
ふゆは、珍しく髪の毛をまとめており、淡い空色のワンピースを着ている。耳元には碧い花のイヤリングが揺らめいており、全体的にどこぞのお嬢様のような雰囲気を醸していた。
横に座る小夏は、オーバーサイズ気味な緑のパーカーにスキニーのズボンを合わせたスタイル。小柄な彼女によく似合うコーディネートだった。
どうやらこのバラバラな三人が、これから一緒に出掛ける仲だとは誰も思わないらしい。それぞれ個人でいるので、声を掛けやすいと思われているのだろう。
面倒ごとに巻き込まれては困るので、奏斗は急いで三人に合流した。
「おまたせ」
「おう」
「おはよ」
「おはようございます」
各々やっていたことを中断し、奏斗の周りに集まる。さっきまでばらばらだった四人に、突如集団感が生まれた。先ほどまでの視線が途端に散っていったことを確認して奏斗が内心ほっとしていると、慧が改まって言った。
「じゃあ、奏斗も揃ったことだし、目的地に向かうか」
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