第23話 かなっちゃん
「あ、起きた」
自分史上最大のストレスがかかり、奏斗はすっかり気を失っていた。気づいた時には、皆が机を合わせて話し合いをしているところである。見回すと、慧、小夏、ふゆの見慣れた顔が並んでいた。
「……班決め、終わったの? 俺たち同じ班になれたのか?」
恐る恐る口にすると、小夏が困り笑いを浮かべながら言った。
「ああ。誰かさんが捨て身の攻撃をしてくれたおかげでな」
奏斗が力尽きた後、必死の訴えに心打たれた舞の周りの女子たちが彼女を説得してくれたという。元々、舞は六人組の仲の良い女子グループに属していたようで、それが三人ずつに分かれればことは丸く収まる状況だった。慧が上手く誘導し、結果的に奏斗たち四人は同じ班になることができたという。
そして、今は班の中で係を決める時間。といっても、決める係はリーダーであり、それは満場一致で慧に決まったので、今は特にすることもなかった。
何とか理想的な形に落ち着いたことに安堵する。しかし、奏斗は何か嫌な視線を感じていた。
「……なんか、すごい見られてない?」
「ああ。お前は多分、さっきの言動で厄介なファンを抱えたんだろうな」
「どういう意味? あんな情けない姿、誰が心打たれるんだよ」
奏斗は己の武器に気づいていなかった。恥ずかしさに涙ぐみながらの訴えは、彼にとって醜態をさらしたにすぎないのだった。珍しくポーカーフェイスが崩れていたのも、許容範囲を超えたストレスがかかったからにすぎない。
心から意味が分かっていない奏斗に、三人がため息をつく。一段と意味が分からず、奏斗が首をかしげていると、慧が少し声のトーンをおとして言った。
「まあ、春永に向いている好意的な視線もあるにはあるが、確実に他の視線も混じっている。その要因はきっと、さっきの矢坂の発言だろう」
『契約上の友達』
彼女がかばうような発言をしたことや、奏斗が必死に訴えたことで、幾らか懐疑的な視線は減っている。しかし、舞は四人が契約上の友達であることを『聞いた』と言った。それは彼女の発言の真意を高めるものであり、いまだ四人の関係性を疑うものを残す原因でもあった。
「おそらく、俺たちが仲睦まじい様子を見せていなければ、またすぐに契約友人説が浮上するだろうな」
「その場合、今度は矢坂の立ち場が完全に優位になります。また同じ手は通用しないでしょうし……」
そう言って、ふゆが奏斗に目をやる。向けられた奏斗はふいっと目を逸らした。
―どっちにしろ同じ手をするのは二度とごめんだ
「何か簡易的に、俺たちが仲良く見える方法を探さないとだな」
各々、何かいい方法がないか考えを巡らせる。すると、小夏がはっと何かを思いついた。
「呼び方はどうだ? 基本的に仲の良い集団は、下の名前、もしくはそれにちなんだあだ名で呼び合っている気がする」
「なるほど。それなら手軽に、仲良く見せられそうです」
「じゃあ、『慧』『奏斗』『ふゆ』『小夏』。下の名前だとこういう感じになるね」
下の名前で呼び合えば、ぐっと距離が近づく気がする。特に異性間での下の名前の呼び合いは、仲の良さを感じさせる。これならきっと仲の良さを演出できるだろうという結論に落ち着こうとした時、ふゆが意見してきた。
「私、日向さんを『小夏』と呼ぶのには抵抗があります」
「……どういう意味? そんなに私の名前が嫌いか?」
突然の拒絶に、小夏は顔を引きつらせながらふゆを見る。しかし、彼女の言いたいことはそうではないようだった。
「いえ。そうではなく、その呼び名だと同じになってしまうじゃないですか。私、あれと同じ呼び方はしたくないです」
「……真白。『あれ』って言わない」
奏斗が思わず突っ込みを入れる。彼女が示唆しているのは、おそらく舞のことだろう。
―ほんと、ときどき毒気を感じるな。この人
「じゃあ、どうする? 下の名前を文字ってあだ名でも作るか?」
慧の提案に、ふゆは考え込んだ。右手の人差し指を軽く顎につけるようにし、名前から連想したいくつかの案をつぶやく。
「……こなつ、こなつちゃん、なっちゃん、『こなっちゃん』!」
何かしっくりきたらしい様子でこちらを見る。小夏は「もう何でもいいや」とつぶやいた。どうやらこれで決まったらしい。とりあえず、ふゆ以外はお互いを下の名前で呼ぶ。ふゆだけは小夏をあだ名で呼ぶことになった。
一件落着といったところで、慧が奏斗に目をむけた。
「『かなっちゃん』がよかったか?」
「……おいそこ、遊ぶんじゃない」
冷静に返して見せると、小夏がふっと噴き出した。それにつられたように自然と笑いが起こる。その光景は見る人に四人の関係性が良好であることを示していた。
その様子を、舞は遠くから見つめている。面白くなさそうに見つめるその瞳は、嫉妬と怒りににじんでいた。
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