第22話 班決め③

「というか、秋月くんと春永くんを含めた四人がそうなんだよね? 本当の友達じゃない。契約的に一緒にいるだけの関係」


 まるで不可解な謎を解き明かす探偵のような問いかけ。視線を向けられた慧は彼女から目を背ける。先ほどまでは抵抗する意思のあったふゆでさえ口を閉ざしてしまった。


『契約上の友達』


 舞の発言を受け、教室中が静まり返る。しかし、次第に不快なざわめきがたち始めた。


「……え? なになに? どういうこと?」

「契約って何? 契約結婚みたいな?」

「なにそれ、こわ。てか、痛くね?」


 ざわめく教室の中、四人はまるで時が止まったかのように呆然としていた。想定外の一手に、思わず思考が停止する。先ほどまで、冷静に切り返していた慧とふゆは黙り込み、小夏は一段と顔を青ざめていた。


 そして、発案者である奏斗は一段とダメージを受けていた。耳に入ってくる言葉全てが、自分に向けられているものに感じられ、体の中を切り裂いていく。ドクドクと苦しいくらいに脈打つ心臓の音が、彼の動揺をわかりやすいまでに表していた。


 向けられた懐疑的な視線が全方向から突き刺さる。蓋をしたはずの過去が顔を覗かせて、こちらを嘲笑っていた。


 ―『かわいそう』


 苦しさに思わず目を閉じる。奥歯をかみしめた時、舞が再び口を開いた。


「あんまり悪く言わないであげて。きっと、それは私たちのためなんだと思うから」


 四人をかばう優しい声。冷えきった心が暖かく包まれていくような気さえしてしまう。


「四人とも、もともとは一人でいるタイプだったでしょう? でも、最近集まるようになった。きっと、この班決めが上手く決まるように、気を遣って集まってくれたんだよ」


 ぼっちがばらばらでいては、班決めにおいて厄介な存在になる。いわゆる「誰か誘ってあげなよ」的な空気が生まれ、腫れ物のように扱われるのだ。そんな状況になってしまっては、班はなかなか決まらない。だから奏斗たちは気を遣って集まってくれた―舞の説明はそんなものだった。


 舞の話を聞いて、クラスメイト達の動揺はいくらか和らいだようだった。懐疑的な視線は、憐みの視線に変わっていく。それはそれで居心地の悪いものだったが、場の空気の変化によって、奏斗はいくらか平常心を取り戻す。


 ―どういうつもりだ……?


 なぜか四人の関係をかばうように動く舞に、疑いの目を向ける。すると、彼女はふと目線を落とし笑みを浮かべた後、こう言った。


「でもね。私、そうやって無理に友達ごっこするのはよくないと思うの」


 教壇を降りた舞が、こちらに向かって歩いてくる。その様子に、奏斗は彼女の魂胆をようやく理解した。歩みを進める彼女の行先はきっと―


 ―まずい


 奏斗が気付いた時には、もう舞は彼の横を通り過ぎていた。振り返ってみれば、予想通りの光景が広がっている。


「私は、小夏ともう一度仲良くなりたいって思ってるよ。中学で色々あって、ちょっと気まずくなっちゃってたけど、それでも私はあきらめたくない」


 舞が笑いかける。どこか寂しそうで儚い笑顔。そんな表情を向けられた小夏は、彼女の顔を見上げながら固まっている。向けられた言葉が本意からのものなのか、それとも小夏を操るための演技なのか。彼女の動揺は、かすかに震える指先が物語っている。


 舞の真意は分からない。ただ、今置かれている状況は奏斗たちにとって最悪だった。四人の関係が表面上のものであることが露呈された上に、今、舞が見せている姿にはこの世の大半が好むであろう普遍的な美しい友情が現れている。見た者の心が動く先は明らかだった。


「ねえ、小夏。私と同じ班になろう? 

 それで私たち、本当の『友達』に戻ろうよ」


「私は……」


 これで、小夏が首を縦に振れば、結果は確定してしまう。そして、きっと四人の関係は終わりを迎えてしまい、小夏は再び檻の中。


 しかし、言いよどんでいた小夏がもう一度息を吸ったその時、彼女の前で低い声がした。


「……困るなぁ」


 声を上げたのは、奏斗だった。突然の新たな人物の参戦に、クラスメイト達の視線が集まる。その様子を見て、慧は安堵したように、ふっと笑みをこぼした。


「俺たちが余りもの同士、打算で集まっているかわいそうな関係だとか、勝手に決めつけないでもらえるかな」


「……そ、そんなことは言ってないよ。でも……」


「確かに俺たちは皆一人でいるのが好きだよ。でも、だからこそ分かり合えた。意気投合したんだ。それがそんなに不自然か?」


 俯きながら話を続ける奏斗。その表情は長い髪が邪魔をしていて不透明だった。それでも、彼が本心を話していることは、周囲に明らかであった。舞は思わず口をつぐんでしまう。


 静けさが支配する教室。皆が考えを巡らせているなか、奏斗は意を決した。震える手をぎゅっと握りしめ、顔を上げる。最も訴えかけたい相手に視線を定め、それを邪魔しようとする前髪を片手でかきあげた。


「……そんなにおかしいのか?」


 初めて露わになった奏斗の素顔に、舞をはじめとした皆が息をのむ。


「…………⁉」


 美少女と見間違えるほどに、ぱっちりとした目元。色素が薄く繊細な瞳に、すっと通った鼻筋。まさに多くの女子が憧れる、空想の王子に重なるような美少年。


 さらに、慣れない行動に対する拒絶反応としてこみ上げてきた涙が、彼の瞳を潤ませる。ほんのり赤く染まった鼻頭と相まって、その表情は多くの女子たちに刺さるものとなった。結果、クラスの大半の女子たちがうっとりと崩れ落ちる。女子だけでなく、近くで目にした男子たちも己の胸をぎゅっとつかんでいる。


 明らかに様子のおかしい周囲に、舞はあたふたとしている。まさにカオスと化した教室で、ふゆと小夏は頭を抱えた。


「こんな漫画みたいなことあるんですね」

「……なんだ。この状況」


 実はこれが昨日の計画で練られた最終策だった。慧の裏回しも効かない事態になった場合、ずっと黙っていた奏斗が声を上げる。普段自己主張のない彼が、突然立ち上がり、心からの訴えをすることは、普段から目立つ位置にいる人間が何かを主張するよりも皆に響くことがある。慧はこれを利用しようと提案してきた。


 だが、この状況はさすがに想定外だった。奏斗が長い前髪の下に隠していた最大の武器の存在に誰も気づいてはいなかったのだ。


 当の本人は、自分の出番がないことを必死に祈っていた。人前に出ることが大嫌いな奏斗にとって、学級会で声を上げることはとんでもないストレス。ただ、せっかく作り上げた関係が破綻することだけは防ぎたかった。その結果、逃げたい思いを押し殺し声を上げたのだが、想像を超える恥ずかしさに襲われて、奏斗は早くも限界だった。


 引っ込みの付かない状況に、消えたい気持ちでいっぱいになる奏斗。彼の肩に慧がポンッと手を置いた。


「……助かった。後はこっちのもんだ」


 その声が聞こえた瞬間に、安堵した奏斗の意識は遠のいた。

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