第17話 慧の要望と小夏

 すっかり日が暮れた学校近くの公園。街灯の光に照らされたブランコに腰かけながら、小夏は自身の過去を打ち明けていた。


「私を苦しめる舞の姿を皆は知らない。みんなにとっては、優しくて明るい人気者。私が普段一人でいることがそれを助長したんだろうな」


 元より人気者であった舞が、『ぼっち』である小夏と一緒にいる。その光景を見る人間は自然と人気者の好感度を上げる。一緒にいてあげて優しいだとか、偉いだとか。そんな考えに奏斗はいらだちを覚えた。


 ― 一緒にいてあげるってなんだよ。


 一人じゃなければ、誰かが側にいればそれでいいのだろうか。たとえそれが自分を害する人であっても、心の奥底で互いに嫌い合っている関係であっても、一人よりは幸せだとでもいうのだろうか。


 しばらく沈黙が続く中、ふゆが小さく手を挙げた。


「結局、お二人の確執はどのようにして深まったのですか? 今のお話では、矢坂はまるで日向さんの苦しみに気づいていないように思えるのですが」


 先ほど教室で見た光景では、舞は小夏に被害者のようなそぶりを見せていた。まるで傷つけられたのは自分だと言わんばかりの態度だったように思う。しかし、今の話では小夏が一方的に傷つけられていたように感じられた。


 ふゆの言葉に、小夏の瞳は一瞬たじろいだ。そして、少し目を伏せて、呆れたように苦笑いを浮かべた。


「言っちゃったんだよ。こんな関係、友達でもなんでもないって」


 夜風に吹かれた小夏の髪が彼女の表情を覆い隠す。小夏の一言に、ふゆは思わず聞き返した。


「……ですが先ほど、関係を断つことを言い出せなかったと」


「ああ。もちろん、本人に言ったわけじゃない。別の人間に言ったことが、本人に伝わってしまった、らしい」


 心の内であふれた舞への不信感をずっと一人で抱えていることは難しかったのだろう。小夏はとある人物に、心の内を話してしまったのだという。それは決して陰口をたたこうという意思のもと行われたことではない。ただ、それは気付けば口からこぼれていた。


「結果、噂話のような形で日向さんの想いを知った彼女が、逆上したってわけですか」


「まあ、そんな感じだ」


 小夏はそう言って俯いてしまう。そんな彼女を見て、奏斗はどこか違和感を覚えた。


―何だかぼかされた気がするな……


 小夏の抱えていた過去が明らかになったというのに、どうもすっきりしない。小夏と舞の関係が完全に破局するに至った経緯は分かったのものの、決定打となった出来事に関する話がどうも抽象的なのだ。


 きっとこのぼやかされた出来事こそが小夏にとってのトラウマそのものなのかもしれない。いずれにせよ、小夏にこれ以上突っ込んだ話をさせることは、奏斗にはできなかった。


 しばらくの静寂が訪れる。それを打ち破ったのは低い声。


「でも、それで関係は断ち切れたんだ。結果として、お前は楽になれたんじゃないのか」


 ずっと黙っていた慧が口を開く。その声色は、小夏を気遣うようなものではなく、あくまで彼女の話から分析した事実というようにさっぱりとしている。さすが冷酷男だと思いつつ、奏斗は、これはきっとこの場の空気を感情的なものにしないようにという、慧なりの気遣いなのだろうと思うことにした。


「そうだな。結果的に私は舞と離れることができたし、それ以降は同じクラスにならなかったから、話す機会もなかった。そのおかげでここ数年はわりと穏やかだったよ」


 中一での一件があってから、舞は完全に小夏との関係を断ったという。小夏は学校に行かなくなってしまったものの、中二、中三とクラスが離れたことで、徐々に学校に通えるようになった。


 ただ不幸なことにも、彼女は高校に入学してから、舞と同じクラスで再会を果たすこととなる。入学式以降、教室に来ていなかったのも、そんな経緯があってのことだった。


「……そういうわけで、ごめん。明日の班決め、計画通りにはいかないかもしれない」


「どういうこと……?」


 突然頭を下げた小夏に、奏斗は思わず聞き返した。話を知っている慧は、どこか不機嫌そうにため息をつく。


「舞が私を同じ班に入れるって言いだした」


「……なんで急に」


「私にチャンスを与えるんだって。仲直りするチャンスを与えるって。……きっとまた私を駒にする気なんだろうな」


 小夏の声がだんだんと小さくなっていく。かすかに震えたその声を聞いて、奏斗は何も言えなくなってしまった。身勝手な舞の思惑に、自分が第三者であるのにも関わらず、怒りや恐怖を感じてしまう。


「後悔しているんでしょうね。唯一、素の自分を見せられる存在を失ったことを。ああいうタイプの人間ほど、作り上げた人格を演じるのに疲れを感じるでしょうから。まあ、すべて自業自得なんですけど」


 淡々としたふゆの言葉は、皮肉に満ちた棘のあるものだった。しかし、そんな彼女の発言に、小夏は昔の舞を思い出してしまう。


 ―「やっぱり小夏といる時が一番楽だなぁ」


「…………」


 彼女は今も、みんなの人気者を演じているのだろうか。素を見せる相手もいないまま、周りのいざこざに向き合っているのだろうか。だから、自分を必要としているのだろうか。


 もしかして、さっきの脅しは、彼女のSOSなのだろうか―


 動き出しそうになる過去の自分。そんな小夏を引き戻したのは、慧だった。


「計画を邪魔されないために、策を練るために、お前は過去を打ち明けたんだろう」


 慧の声で小夏は本来の目的を思い出す。はっとなって、顔をあげると、彼は腕を組みながらこちらをじっと見ていた。


「俺がこの関係に持ちかけたのは、あくまで『邪魔者の排除』だぞ。ここから先はお前が持ちかける要望だ」


 言いたいことは分かるな?とでもいいたげな慧の顔。その表情を見て、小夏はこれまでの慧の思惑がほんの少しわかった気がした。

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