第18話 小夏の要望

 慧の言葉を受け、小夏は自分の心と向き合った。今、自分がどうしてほしいのか。口にすることで何か変わるかもしれない。そんな淡い期待。


 そして、彼女は口にした。


「……私はこの契約関係を続けたい。だから、助けてほしい」


 思わず視界がゆがむ。こぼれてしまいそうな涙を必死でこらえた。


「私は、舞との関係を修復したいとは思わない」


 小夏自身、ずっと過去から目を背けてきた。だからこそ、慧に誘われるまで教室に入ることもなく、舞に会うことすら避けていた。


 でも、ずっと逃げていてはこれまでと変わらない。変わらないどころか、やっと見つけた快適な居場所すら失ってしまうかもしれない。それは嫌だった。


「舞は多分、私を味方に引き入れるためならなんだってする。それはつまり、私たち四人の関係にずっと横やりが入り続けるってことだ。皆にとっても不都合が生じる。だからこそ、私の要望を遂行することは、この関係の存続のためにも有効に働くはずだ。……っていうのは、秋月の受け売りだけど」


 契約的な友人である四人は、損得感情でしか互いのために動こうとはしない。普通の友達とは違う、互いに利用しあうことを容認しあっている関係だからこそ成立するあり方である。


 そしてその観点に則っても、今回の小夏の要望は筋が通っていた。あとは残りの三人が同意するかどうか。


 小夏が目を逸らす。すると、三人は顔を見合わせ、頷き合った。


「わかった。……というか、もともと秋月の要望を受けた時点で、この要望は成立してるようなもんだよ」


 奏斗の返答を受け、小夏はぱっと顔を上げた。


 邪魔物を見定め、排除してほしい。それはつまり、矢坂舞の対策を練ることなのだろう。きっと慧はもともとそのつもりだったのだ。


 自分にとって都合のいい関係をせっかく作り上げたというのに、それを邪魔する者がいる。ならば、その邪魔者を排除するまでだが、そのためには、小夏と舞の関係性を共有したうえで策を練らないといけない。しかし、そのためには過去から目を背け続ける小夏を説得する必要がある。彼はおそらく、邪魔者排除という提案をして彼女の意識を過去に向けさせながら、舞が動くのを待っていたのだろう。


 ―つくづく敵に回してはいけない人物だと思う……


 考えすぎかもしれないが、これがあっていたら秋月はとんでもない策士である。奏斗は、背筋が寒くなるのを感じた。


「私も春永くんに同意です。この提案に乗らないと、めんどくさいことになりそうですし。面倒ごとの種は最初からつぶしておくのが最善でしょう」


「もちろん俺も同意だ」


 皆の答えに、小夏は瞳を輝かせた。


「じゃあ、さっそく、策を練る感じかな?」


 奏斗が仕切り直すと、さっそくふゆが口を開いた。


「私が直接言いましょうか? 『日向さんに近づいたらただではおきませんよ?』と。にこやかに、角を立てないように言いますよ。まあ、それでもいくらか圧力は感じさせないといけませんが」


「それはやめようか。どう頑張っても角が立ちそうだよ……」


 ―真白は時々鬼の形相になるからな。不安すぎる……


 奏斗のなだめに、ふゆがきょとんとした様子で首をかしげる。その様子に小夏は苦笑いを浮かべていた。


「……まあ、舞は私以外の声には耳を貸さないだろうからな。急な問題解決は無理かもしれないけど、とりあえず明日の班決めを何とかするべきだと思う」


 明日は、オリエンテーション合宿の班決め当日。一泊二日の合宿のうち、二日目のレクリエーションのため男女混合四人班を決めることになっている。


 四人が契約関係になった理由の一つに、この班決めがある。しかし、舞はこの班決めで小夏を同じ班にすることを目論んでいる。つまり、明日の班決めで妨害が入ることが予想されていた。舞と小夏の和解問題以前に、明日の班決めで計画を押し通す策が必要であった。


「でも、どう考えても今は俺たちが不利じゃない? 誰かさんが大事な権利を矢坂に売っちゃったから」


 学級委員長の権限である学級会の仕切り役。それを慧は問題の相手に売ってしまった。慧曰く、それは舞が現在も小夏への執着を捨てていないかを判断するための策だというが、奏斗は何だか腑に落ちない気がしている。


 恐らく慧は、舞が一番の邪魔者候補であると分かっていたはず。それなのに、どうして彼女に有利なりうる策を取ったのか。


―秋月が考える策にしては隙が多すぎる。俺たちが背負うリスクの方が明らかに高いって誰が考えても分かることだし。もし分かっててやったのなら、余計に意味が分からない


 どうするんだといわんばかりに慧に視線が集まると、彼は困ったように笑って見せた。


「……やっぱりそうなるよな。でもまあ、落ち着け。正攻法は難しいが、俺にも多少考えはある」


 そうして、慧がとある作戦を口にする。それを聞いた奏斗は思わず顔をひきつらせた。

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