第19話 慧の思惑

 計画の共有が終わり、各々解散する。しかし、帰る方向が被った慧と奏斗は結局一緒に帰っていた。もちろん不必要な会話はない。互いが互いを気にしていない状況。しかし、奏斗は前を歩く、慧を呼び止めた。


「なあ、一つ聞いてもいいか?」


 怪訝そうに慧が振り返る。片耳に付けていたイヤホンを取り、こちらの会話を聞く気はあることを示してくれたので、奏斗は思いっ切って尋ねてみた。


「お前にとって、日向はどういう存在なんだ」


「それは、答える必要のある質問か?」


 冷たいまなざし。それは彼が他人を寄せ付けないことで有名であるという事実を思い起こさせるものだった。後ずさりしそうな弱い自分を奮い立たせる。奏斗にはなんとしてでも今、本格的に契約関係が動き出すこの時に、確かめておきたいことがあった。


 ぎゅっと拳を握りしめ、一歩前にでる。大きく息を吸って吐いた後、奏斗は目の前の冷たいクラスメイトに視線を戻した。


「日向をこの契約関係に誘ったのは秋月だろう。でも、日向を入れたら邪魔が入ることをお前は知っていた。それなのに、どうしてお前は日向にしたんだ」


「このクラスで孤立しているのは、俺たち四人くらいだ。他に適任はいないだろう」


「……本当にそれだけか」


「何が言いたい」


「俺が提案したこの関係を、お前が、日向を矢坂の手から守るために利用しているなら話が違うと思ったんだ」


 奏斗たちの契約関係。それは、お互いがお互いの距離を守っているからこそ保たれるもの。その間にもし、嫌悪や憎しみ、もしくは愛情や恋愛感情などの一歩進んだ感情が生まれた時、それは他人の一線を越えていることになる。


「俺たちは本来定義されている友達という関係じゃない。もし、秋月と日向の関係が他人から一歩踏み込んだ関係なら、この契約は……」


 破棄される。そう言いかけたのを、遮られた。


「お前はどこか読みを間違えているんじゃないか?」


「……何?」


「お前は俺が日向のために、邪魔者排除の提案をしたと思っているようだが、それはあっているようであっていない。結果として日向を動かすことにもなったが、本来の俺の目的は日向のためなんかじゃない。もっとも、俺のためだよ」


 そう言った慧の瞳は真剣だった。それなのに、顔全体ではどこかニヒルな笑みをたたえている気もする。これ以上突き詰めるのが怖くなって、奏斗は思わず話題を変えた。


「……ならいい。明日、上手くいくといいな」


「そうだな」


 確かめたいことは確かめられたのだからそれでいい、はず。


 ―とにかく、秋月は日向を特別視しているわけじゃない。なら、俺たちの関係は未だ継続。……でいいんだよね?


 前を向き直した慧が、外していたイヤホンを付け直す。ピンとのびた背筋。どこか不思議な怖さを纏う背中を前にしながら、若干残る不安を手放していく。そうして奏斗は自分の意識を別のところにずらしていった。


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