第20話 班決め①
次の日。班決めは、午後のHRで行われた。初めての行事に関する決め事とあって、クラスメイト達の気分が高揚しているのがなんとなく伝わってくる。そんなそわそわとした空気の中、奏斗は緊張感にさいなまれていた。
―昨日決めた秋月の計画……。本当にうまくいくのか?
いつも通り落ち着き払っている慧とふゆ。それとは対照的に、どこか上の空な小夏。皆の様子を窺ってもなお、奏斗の不安はぬぐえなかった。
「じゃあ、今から合宿の班決めを行う。俺は今から会議があるからな。ここからの進行は、委員長、副委員長に任せよう」
そう言って、担任―才川先生が教壇を降りる。「くれぐれも穏便にな」と言い残し、そのまま教室を出て職員室に向かっていった。それに代わって、慧と舞が教壇に上がる。その光景に、奏斗の緊張はピークを迎えた。
―始まる
「ここからの時間は主に、班決めと班の中の係決めのために使おうと思う。班決めに時間がかかりすぎると次のことが出来なくなるから、皆、柔軟な対応をとってほしい」
凛とした委員長オーラを纏った慧。その言葉に、奏斗は内心で突っ込んだ。
―俺たちは柔軟に対応したら駄目なんだけどな……
恐らく舞は、突拍子もなく小夏を同じ班にすることを提案してくる。それに対し、小夏は奏斗たちと班を組みたいのだという意思を曲げてはいけないのだ。
「皆も知っているだろうが、この班は男女混合班。基本的には、男女二人ずつの四人班になる。ただ、うちのクラスの場合、女子が三人の班が二つできることになるだろう」
奏斗のクラスである一年A組は、男子二十人、女子二十二人の計四十二人で構成されている。そのせいもあって、全体として女子三人の班二つを含む計十班ができることになる。
「そこで班決めに当たって、事前に副会長が皆の希望を取ってくれた。今回はそれを元に決めていければと思う」
慧が舞に目配せする。ここからは約束通り、副会長の仕切りとなる。舞はにっこりと笑って、手元のホワイトボードを見せた。
「みんなから聞いた希望はこんな感じでーす」
そうして開示された集計結果に、奏斗たち四人はかすかに顔をゆがめる。ホワイトボードに書かれていたのは、男女別の集計結果だった。右側に男子の希望、左側に女子の希望が書かれている。
「事前に四人班だって言ってたから、男女それぞれ一緒になりたい二人組で要望が上がってます。もちろん、一緒になりたい異性の希望も聞いてるので、その希望にできるだけ沿った形で書いてあるよー」
舞の話によれば、希望に基づいた男子二人組、女子二人組の組み合わせは、基本的に、隣り合って書いてあるのだという。しかし、それでは引っかかるところがあった。
男女それぞれの列の一番下に奏斗たち四人の名前がある。つまり、ふゆと小夏の名前の横には、誰の名前も書いていないのだ。
―矢坂には秋月が要望を出してるはず。じゃあ、俺たち四人の名前は隣り合っていないといけないはずだよな……
慧の話では、奏斗たち四人と組みたいと名乗り出る者はいないだろうということだった。ならば、どうして奏斗たちの横に別の名前があるのか。名前を確認しようとしてすぐに、奏斗はその理由に検討がついた。
矢坂―水上 秋月―春永
日向―真白
「……そうきたか」
舞がふわっと慧に向き直り、ホワイトボードを渡す。慧は受け取ったホワイトボードを見て、奏斗に視線をよこした。
「みんな察してると思うんだけど、女子は二つ、三人組にならないとなんだー。でも大体のところは、希望通りに四人班になれそうなんだよね」
「困ったね」と腕をくみながら、前の席の女子に苦笑いを向ける舞。お得意のコミュニケーションで、周りの空気を和らげる。しかし、その笑顔に一瞬影が差したのを、奏斗は見逃さなかった。
舞が一瞬、小夏の方に目を向ける。そうして見せた笑顔は、何か不穏な意味を持っているようで、小夏は思わず目をそらした。
「……ってことで、私ひとつ提案があるんだー」
提案。その言葉に、奏斗は息をのんだ。舞が一番はじめの攻撃を仕掛けてくる。そんな予感は的中した。
「日向さんは、私と一緒の班にならない?」
「……え」
「日向さんは、私の班。真白さんは、唯たちの班に来たらどうかなって思うんだ。そうしたらみんな解決じゃない?」
「……なんで私が矢坂さんの班に?」
「同じ中学のよしみじゃん。一緒の班だったらきっと楽しいって思ったんだ。……でも、日向さんは嫌かな?」
悲しそうな表情で、小夏を見つめる舞。その表情はまるで、いつかの「友達でしょう?」と言われた時を想起するようなものであり、小夏は全身が硬直していくのを感じた。目を泳がせ、小さく開いた口は小刻みに震えている。
―まずいな
小夏は根が優しすぎる子なのだ。そのせいで、ずっと相手を傷つける可能性をもつ言葉は口にすることができなかった。それがたとえ、自分を守るために必要な言葉であっても。だからずっと舞相手に悩んでいた。
そんな過去を繰り返すまいと、彼女は変わろうとした。その結果、無理に尖ろうと強がっていたのだ。
しかしトラウマな相手を前にして、小夏は昔の自分に戻ってしまう。今の彼女が肯定以外の言葉を口に出来るはずがなかった。
もう、計画を実行すべきなのかもしれない。奏斗がそう思った時、前の方ですっと手が上がった。
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