第27話 映画
招集先は、映画館が入っている階だった。エレベーターで七階に上がると、扉が開くとともに甘いポップコーンの香りが漂ってくる。奏斗たちがついた時には、もうすでに慧とふゆの姿があった。どうやら買い物が終わってから偶然合流できたようで、そのまま行動を共にしていたらしい。
「何で映画館? 残りの買い物がまだ終わってないけど」
当初の話では、各々の買い物を終えた後は、班での買い物を行うという予定だったはず。しかし、招集された七階には買い物をするようなスペースは見られない。映画館のほかにあるのは、美味しそうなパンケーキが並ぶカフェだけだった。
不思議そうに辺りを見回す奏斗と小夏。すると、慧が控えめに指を指した。
「奏斗、小夏。あれを見ろ」
「……え、あれって」
慧が指した方向にあったのは、ポップコーン売り場。周りには、映画のお供を買い終えた客が開場時間を待てるよう、いくつかのテーブル席が設置されている。中でも奥にあるカウンターテーブルの周りには、同世代くらいの男女グループが集まっていた。慧が指し示したのも、もちろん彼ら。その男女グループの正体は、奏斗のクラスメイト達だった。
「さっき、ふゆと合流した時にばったり遭遇したんだ。それで、俺たち四人が出かけていることをさりげなく伝えようと思ったんだが……」
「私たちが付き合っているのかなどと面倒な質問を投げかけられて、全く話になりませんでした」
先ほどのやり取りを思い出したのか、ふゆがあからさまに不機嫌なオーラを醸し出す。表情は変わっていないというのに、かなりめんどくさい空間であったことはありありと伝わってくる。不穏な空気を醸し出すふゆを見て、小夏は少し顔を引きつらせていた。
「……ああいう奴らはその手の話題好きそうだもんな」
せっかく思惑通りクラスメイトたちに遭遇できたのに、四人で出かけていることが伝わらなくては意味がない。付き合っているやらなんやらで盛り上がっているクラスメイト達に、慧たちは終始冷静な態度をとっていたという。質問攻めにあっているのでは埒が明かないと判断した慧は、彼らの予定を聞いたのだった。
「聞けば、アイツらは映画を見に来たらしい。だから俺たちもそれに乗っかることにしたんだ」
「私たちも偶然、彼らと同じ映画を見に来たということにしたんです。そこで四人で合流予定であるということを伝えました」
クラスメイト達が観に来たというのは、とあるファンタジー小説が原作の映画。迫力のある動きと美しいグラフィックが人気なようで、3D眼鏡をかけてその世界観を楽しむというものだった。
同じ回の映画を見れば、どんなに席が遠くとも知り合いの顔は目につきやすいもの。これで四人が本当に一緒に映画を見ていることが伝われば、自然とその噂は広まるだろう。本来の目的が達成されるというわけだ。
しかし、映画の詳細を聞いて奏斗はほんの少しの不安を抱いてしまう。
―3Dか……。酔ったらどうしよ
三半規管が赤子同然の奏斗は、大画面の立体映像に耐えられるかが不安でならなかった。とはいえ、奏斗もこの契約関係の存続を心から願う身。今日の少しの我慢が、明日からの平和な学校生活につながるかもしれないこと思えば、不安を押し切ってでも慧たちの作戦に乗るほかなかった。
お昼をまたぐ時間帯ということもあり、四人はポップコーンの他、ホットドッグなどの軽食を各々購入する。乗り物酔いする可能性を考慮した奏斗は、Sサイズのドリンクに小さなチョコキャラメルポップコーンという控えめな量を購入した。
開場時間になり、席に着く。奏斗は一応通路側の席を確保した。隣にはふゆ、小夏、慧が並んで座っている。席に着くと、ふゆが不思議そうにこちらを見てきた。
「奏斗さんは、それでよかったんですか? お昼の量にしては少ない気もしますが……。私のポップコーン食べてもいいですよ?」
「……あー、ありがと。でも、大丈夫。さっき小腹を満たしたところだから、あんまお腹すいてないんだよね」
「そうでしたか」
―本当はめちゃめちゃお腹すいてるけど
何だかするどいふゆにぎくりとしつつ、奏斗はこれからの時間が無事に終わることを願う。後から入ってきた先ほどのクラスメイト達は、こちらの様子に気づいたようで、何人かがこちらに手を振っていた。これで本当に作戦は完遂したといえるだろう。
ここからは奏斗の勝負の場だった。
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