第26話 薬局組②

 小夏に連れてこられたのは、駅の一角にあるたい焼き屋。先ほどのエスカレーターを降りてすぐのところに店を構えている。小さいながらも、看板を彩る瓦が日本の伝統文化を思わせる。生地の焼ける香ばしくも甘い香りに包まれて何だかほっとする。スタンダードな小豆餡の他に、カスタードや抹茶餡、季節のスイーツを使った新商品も並び、メニューのバリエーションは豊富だった。


 小夏はカスタード、奏斗は小豆餡を選んだ。出来立てアツアツの品物を受けとると、二人は西口から駅の外に出た。左手に見えたベンチを見つけて、そこに腰かけることにした。ぱらぱらと人はいるものの、駅構内に比べれば少し息がしやすい。


「外の空気吸った方が落ち着くだろう。それに、食べ物があれば、少しは長く滞在できる」


 小夏がいたずらな笑みを浮かべて、先ほどの買い物袋を小さく掲げる。その様子に、奏斗も思わず頬を緩ませた。


「なるほど。それでたい焼き」


「まあ、さっき見かけて、おいしそうだったってのもあるけどな」


 そう言って、袋に入っていたたい焼きを手渡してくる小夏の表情は明るい。目の前にある甘い幸せが楽しみで仕方ないと言った表情だった。そんな彼女を見て、奏斗は何だか心が休まる心地がする。


―小夏って結構話しやすいんだよな


 はじめはツンケンした態度で、こちらを害してきそうな気迫があった小夏。しかし、それも結局は自分の身を守るための行動だったようで、ここ最近は普通に話もできている。他の二人が、特段感情が見えにくいのもあって、小夏は正直一番接しやすいようにも感じていた。


―まあ、そんなこと言ったら怒られそうだけど


 気を取り直して、焼きたてのたい焼きに目をやる。包みを開けると、優しい甘さがふんわりと香ってきた。尻尾からかぶりつくと、サクッと心地いい食感と共に、ぎっしり詰まった餡が顔をのぞかせる。美味しいたい焼きに舌鼓をうち、二人はほっと一息ついた。


「それにしても、本当によかったの? このたい焼き、小夏のおごりで」


 二人分の注文をした後、小夏はそのまま代金を払ってしまった。後で、自分の分のお金を渡すと言ったものの、断られてしまったのだ。


「ああ。ちょうど奏斗への礼もしたかったからな」


「……お礼?」


 奏斗が首をかしげると、小夏は小さく頷いて言った。


「班決めの時のお礼。あの時、奏斗が頑張ってくれたおかげで丸く収まっただろ。……だから、その、ありがと」


 少し照れたように小夏が上目遣いでこちらを見る。薄っすらと赤く染まった頬。透き通るような金髪が風になびいて、彼女の綺麗な顔立ちを引き立てていた。


「……小夏が素直だ」


「うるさい!」


 気恥ずかしさを紛らわそうと茶化してみると、案の定怒られる。小夏はやけになって残りのたい焼きを頬張った。ツンケンした態度とは裏腹に、もぐもぐと口を動かす様は小動物のようで愛らしい。


 そんな小夏を見ていると、舞を目にした時の彼女の怯えた表情が対比される。


 きっと小夏は本来、素直な人間なのだろう。それが過去のトラウマのせいで、『友達』というものに深い嫌悪感を抱くようになってしまった。純粋な小夏の瞳を曇らせた舞のことを考えると、第三者である奏斗でさえも腹立たしい気持ちになってしまう。


 それは『冷酷男』として名を馳せる慧であっても同じことのように見えた。小夏を普通の『友達』とは縁遠い契約関係に誘い、再び舞に縛られる可能性から遠ざける手助けをする。彼女の過去を知っている彼は、誰よりも小夏のために動いているように見える。


 しかし、それは的外れな考えだと慧は言った。


「小夏は慧と同じ中学だったんだよね。何か接点あったの?」


「え?」


「いや。話したくなかったら別に話さなくていいんだ。これは単に俺の興味だから」


 彼の行動は己の利益のために過ぎない。慧はそう言っていたが、奏斗はやはり腑に落ちていなかった。かといって、これ以上慧に追及することも怖かったので、視点を変えてみようと思ったのだ。


 小夏の過去話に、慧は一切登場していなかった。それでも、彼は小夏の過去を知っている。それが例の、慧が築いているという独自の情報網によるものなのかもしれないが、奏斗は別の可能性も考えていた。


 もし、慧が小夏の過去に絡んでいたのなら、そして、それが小夏と舞の決別に大きく絡んでいたのなら、小夏があの場で過去の大事な部分をぼかしてしまうのも説明がつく。


 奏斗の突然の問いに小夏は一瞬驚いていたが、「別に嫌ではないよ」と言って笑った。


「慧とは一年の時にクラスメイトだった。当時から今と変わらず孤高な奴だったし、誰かとつるむような奴ではなかった」


「やっぱそうなんだ」


「でも、掃除の班が一緒だった時があって、その時はたまに話してたな」


 それくらいのさっぱりした関係だと小夏は笑って言った。


-じゃあ、特に絡みはなかったってことか……


「……って、小夏?」


 推察していると、ふいに小夏が奏斗の袖をギュッとつかんできた。そのまま、頭を奏斗の方に押し付けてくる。


「……小夏さん?」


 戸惑う奏斗に、小夏はかすれるくらい小さな声でつぶやく。


「……いる。知り、あい……」


「クラスメイトか? なら、むしろ見られた方が……」


 そう言いかけて、すぐにやめた。


 バスロータリーの乗り場近くにいた見知った顔。それは、桜色の髪をなびかせた少女だった。隣にはがたいのよい少年が沢山の買い物袋を持って立っている。


「矢坂……と田川も一緒なのか」


 私服姿の二人。一緒に買い物でもしているのだろうか。表情はよく見えないが、遠くからでもあれが舞と晴樹であることが分かる。


 奏斗の服をギュッと握った小夏の手が震えている。当初の目的に従うなら相手が舞であろうとも、この状況を見られた方がいいのだろうが、今の小夏の状態的にそれは難しい。


「……大丈夫。そこ隠れてていいから」


 小夏を落ちつけようと優しく声をかけると、彼女はさらにギュッと奏斗にくっついてくる。


 すると、ポケットに入ったスマホの振動音が伝わってきた。


>>ヴヴッ


 二人で顔を見合わせ、首をかしげる。見ると、例のチャットに新着メッセージが届いていた。


【全員、ショッピングモール七階に集合】

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