第69話 責任①
玄関ホールの片隅にある自販機コーナーには、ジュースの他、アイス、ホットドリンクの自販機も並んでいた。ジュースの他、ポテチやチョコ菓子など、ちょっとしたお菓子が並んでいる自販機もある。
「おぉ。結構バラエティ豊富だ。電話して、他に欲しいものないか聞いてみようかな」
どことなく楽しそうな晴樹の横で、慧は奏斗の要望であるスポーツドリンクのボタンを押す。ボタンを押す音とほぼ同時に、ガタンと音を立てて落ちてきたペットボトルを拾うと、慧はそれをぎゅっと握りしめた。
―『……多分、慧がもやつく主な原因はあの人だと思うよ』
奏斗に言われた言葉が脳裏をよぎると、慧は静かに口を開いた。
「……あれから、何か変わったことはあるか?」
絞り出すような精一杯の言葉。その指すところを晴樹はすぐに察したらしく、彼は呆れたように笑って言った。
「別れたよ。矢坂とは」
想定していなかった言葉に、慧がはっと顔を上げる。すると、晴樹は静かに続けた。
「元々、本当の意味で付き合ってたわけじゃないし、ショックとかはないよ。むしろ、俺から言い出したくらいだし。矢坂もすんなり受け入れてくれた」
「……そうか」
淡々と言ってのけた晴樹に対し、慧の返答は複雑な感情が入り混じっているように聞こえる。晴樹はそんな慧を見て、少し何かを考えたようだったが、すぐに頼まれていた飲み物調達を再開し始めた。
康太に頼まれた炭酸ジュースを見つけ、小銭を自販機に投入する。チャリンチャリンと音が響くなか、晴樹は少し低いトーンでこう言った。
「……とはいえ、秋月はひどいよな。どうせ最初から日向のことしか考えてなかったんだろ? 俺のことは利用する駒とでも思ってたか?」
慌てて何か答えようと口を開いた慧を遮るように、晴樹が自販機のボタンを押す。ガタンッと響いたその音は、一段と大きなものに思えた。
「全く、ずるいよな。お前自身は日向にとって味方みたいな存在になって、その代わりに裏では俺を使って日向を揺さぶらせて、俺を悪役に仕立ててさ」
「…………」
「結果としてはよかったんじゃない? 日向は矢坂に自分の想いを吐き出すことができたし、お前が俺をそそのかしたって真実を知られても、お前は日向に許してもらえた。思い通りことが運んでよかったな」
晴樹は慧と目を合わせない。ただ、淡々とそう言って、落ちた衝撃で泡まみれになったジュースを拾い上げる。慧は、何か言おうと口を開きかけては閉じるを数回繰り返した。そうして、しばらくの間沈黙が続いた後、晴樹はもう限界、と言わんばかりに笑い始めた。
「なんてな。そういうこと、言ってほしそうな顔してたから言ってみた」
ちょっとだけすっきりしたけど、と晴樹が笑う。慧はよくわからないといった顔で、彼を見上げる。
「残念だけど、俺は秋月を恨んでないし、利用されたとも思ってないよ」
「……?」
「だって秋月は最初から、俺を利用する気なんてなかっただろ? ただ日向を揺するだけが目的なら、その役目は日向に未練たらたらの矢坂だけで十分だ」
図星だろ、と言わんばかりの晴樹の目を見て、慧は呆れたように笑った。
「……どうだろうな」
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