第10話 近づく波乱

 賑やかな昼休み。教室の隅で机を合わせ、昼食をとっている四人組の男女がいた。彼らは一見、普通の友達同士に見える。


 しかし、四人の間に会話はなく、誰一人としてにこりとも笑わない。静かな空間に流れる緊張感はまるで喧嘩でもしているのかと思わせるほどだが、不思議なことに他人の目には違和感のない友人同士の昼食時間として溶け込んでいた。


 これが彼らにとっての『友人』関係だった。


 四人は『契約上の友人』である。見かけ上は友人であるが、実態は赤の他人。互いに過度な干渉はせず、関わるのは互いに利益が生じる場合のみ。


 端的に言えば、これは互いに支え合う関係ではなく、互いに利用しあうことを容認した関係であった。


 ……と言葉にすると、何だか物騒な関係に思えるだろう。しかし、実態はそうでもなさそうである。


 ―改めて考えると、物凄い関係を構築してしまったな……


 他のメンバーにちらりと目を向け、内心冷や汗をかいたのは、この契約の提案者である春永奏斗だ。モカブラウンのさらりとした髪の持ち主。表情が乏しい上に長い前髪が両目を覆っているせいで、感情が読み取りにくく、存在感はあまりない。


 彼の当初の予定では、契約相手は一人だけのはずだった。奏斗はその人物に目を向ける。

 秋月慧。艶のある黒髪に切れ長の瞳。彼は学年一位の頭を持ち、かなり眉目秀麗だが、冷酷男と称されるほどに他人に興味がないことで有名だった。慧なら自分の考えに興味を示す気がして声をかけたのだが、彼は奏斗の想像をいろんな意味で覆す奴だった。


 奏斗は、そんな彼と人知れず契約を交わし、ひっそりと学校生活を過ごしていく予定。


 ……だったはずなのだが、今では華やかな美少女二人と食事を共にしている。


 一人は、表情の種類こそ皆無ではあるものの、整った顔立ちはまるで人形のように美しい銀髪の少女。真白ふゆ。クラスのマドンナ!と称されてもおかしくはないが、あまりに無表情で感情が読めないからか、彼女の周りに人は集まっていなかった。


 そしてもう一人は、小柄で不機嫌そうな顔を浮かべながらも、ぱっちりとしたつり目の瞳に透き通るようなブロンド髪が美しい少女。日向小夏。彼女は、入学式からしばらくは学校に来ていなかったが、屋上での一件を経て、たまに教室に来るようになった。


 -結構みんなキャラ濃くないか? 俺だけ場違いじゃない? いや、そんなこと考える必要ないんだけど……


 ぼっちを哀れむような視線が嫌で、この関係を望んだはずだが、キャラの強いぼっちが集ったことで新たな存在感が生まれているような気もする。最近はまた違った視線を感じることがあり、奏斗は少し不安になっていた。


 -大丈夫なのか? これ……


 しかし、人知れず不安になっている奏斗のことなど、周りはおろか他の三人でさえ知るよしもない。奏斗の表情は全く変わっていないのだ。ただ無表情で卵焼きを頬張っているように見える。


「……ちょっと、いいか」


 沈黙を打ち破って、慧が口を開いた。どうやら、情報交換と銘打った会話が始まるらしい。皆が慧に注目すると、彼は話を続けた。


「明日のHRは、例の班決めらしいぞ」


 『例の』とは、オリエンテーション合宿のことだ。クラスの親睦のために行われる、高校入学後はじめての学校行事である。


「そういえば、俺たちせっかく四人集まったけど、本当にこの四人で班になれる? くじ引きとかにならない?」


 男女それぞれの組は希望を聞いてもらえるだろうが、普通に考えて、男子ペアと女子ペアの組み合わせはくじ引きになる可能性が高いだろう。そうなれば、四人集まった意味がない。


 しかし奏斗の問いに、慧は全く動じていなかった。むしろ、安心しろと言わんばかりの表情である。


「大丈夫。仕切るのは俺だ」


「あー、そっか。そういえば秋月、学級委員長だったな」


 学年一位であることを理由に、担任が強引に彼を指名したのだ。その時のもの凄く不機嫌だった慧の表情が思い出される。


 慧が仕切るなら何とかなるか、と納得した奏斗だったが、ずっと話を聞いていた小夏が口を挟んだ。


「委員長の権限で班を決めるのか? 仕切る権利はあっても、あんまり好き勝手には出来ないだろ」


「もちろん学級委員長という役割にそこまでの権限はない。だが、有効に活用することはできた」


「……ん? 『できた』?」


「俺は学級会の主導権を副委員長に売った」


「「は?」」

「……?」


 流れるように聞き捨てならない発言をする慧に、奏斗と小夏のすっとんきょうな声が重なる。無表情なふゆでさえ、ほんの少し目を見開いていた。焦った小夏は思わず慧につっこんだ。


「唯一の特権、なに易々と売り払ってんだよ」


「まあ、聞け。俺にだって考えがある」


 慧に限って、何も考えず行動することはないだろう。奏斗たちはとりあえず言いたいことを飲み込んで、彼の話に耳を傾けた。


「副委員長には厚い人望がある。スクールカーストでいえば、いわば一軍という類いだ」


 副委員長、矢坂やさかまい。明るい人柄と可愛らしい容姿で、男女問わず人気がある人物。


「そういう奴らは、公式の場以外で手を回すんだ。裏でこっそり話をつけて、お目当ての人物と班を組もうとする」


「そういえば、係決めの時も気づいたら周りが介入する暇もなく、仲のいいメンツで固まってたっけ」


「それを利用するんだ。裏で上手く話をつけてもらう」


 確かに、人望のある副委員長が「皆の意見を聞いたら、こんな感じになりました!」と班(仮)を発表すれば、恐らくだれも文句は言わないだろう。

 

 ―やっぱり秋月は色々考えてるんだな。絶対敵に回すと怖い奴だ。


 慧の意見に奏斗が納得しかけていると、小夏が神妙な面持ちで慧に尋ねた。


「……じゃあ、私たち四人が一緒になれるように、副委員長に頼んであるってことか?」


「ああ。それに、どうせクラスで孤立している俺たちと組みたがる奴はいないだろうしな」


「確かにそうだな……」


 奏斗たち四人は、いわゆる『ぼっち』。クラスメイトとの交流はほとんどなく、結びつきは強くない。だからこそ、慧の考えは妥当なように思える。


 ただ、奏斗は少し気がかりだった。


「どうした日向、何か気になることでもあった?」


「……なんでだよ。別になんもないし」


 小夏の表情が不安げだったような気がしたが、本人が何でもないというのだから、これ以上問い詰める必要はないのだろう。


 もうすぐ昼休みが終わるということもあり、会話はひとまず終了となった。

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