第38話 居場所
飯盒炊飯が終わり、午後からはクラスごとのレクリエーションが行われた。施設内にある体育館で、各々担任が企画したことを行うのが毎年の恒例。奏斗たちの担任―才川真一はやけに張り切っていた。
「俺たちのクラスは、大繩をするぞ」
黒のジャージに身を包み、腕組みをした才川先生の発言に、クラスメイト達は「えー」とマイナスな反応をもらす。しかし、そんなことはお構いなしに大繩は決行された。
「「いち! に! さん! し!………」」
先生と、まわす係になった晴樹の掛け声のもと、息をそろえてジャンプする。パンッパンッと、縄が床を叩く心地よい音と、四十人の着地音が体育館中に響く。初めはまばらだった音がだんだんとまとまりを帯びていき、それを感じる度に、才川先生は満足そうに頷いていた。
初めは嫌そうな顔をしていたクラスメイト達も、だんだんと笑顔をみせるようになる。上下する度に、揺れるポニーテル、なびく体操服の裾、きらきらと舞う汗。きっとこれが世に言う青春の一ページという光景なのだろう。
ただ一つ問題なのは、何回が目標、といったものが特になく、ただ時間いっぱい飛び続けるサバイバル方式だということ。食後の生徒に何をさせているんだと思わず突っ込みたくなる。ただ、少し疼いた横腹をさすりながらも、奏斗はどこかほっとしていた。
―会話を交わしてゲームをするよりはまだマシだな
こういうレクリエーションは、生徒同士の仲を深める目的で行われるため、大抵の場合、決まった班以外の人間で班を決めることが多い。それも、ゲームの途中で班をシャッフルしろと言われることも多々ある。つまり、いつもの四人以外の人間との交流を前提とされてしまう可能性が高いのだ。
そうなると、コミュ障の類だという自覚のある奏斗にとって最悪の時間というのももちろんあるが、それ以前の厄介な問題もある。無論、舞のことだ。
彼女は明日のレクリエーション第二弾での挑戦を申し込んできている。しかし、だからと言って他の活動でちょっかいを出してこないとは限らない。奏斗たち三人の目がないところで、彼女が小夏に迫ってくる可能性も十分にある。だからこそ、才川先生の熱血な企画にはある意味助けられているといえるだろう。
ただ、そんな考えも大繩が終わる頃には打ち砕かれていた。
*
「…………し、しんど」
皆が根を上げたので、まだレクリエーション時間内であるが自由時間となった。他のクラスがトランプや百人一首など様々に盛り上がっている中、奏斗たちのクラスはしばし自由時間となった。
体育館で貸し出しているバドミントンやソフトバレーボールを使って、皆が思い思いの時間を過ごしている。その様子を奏斗は体育館の隅に座ってぼんやりと眺めていた。もたれかかった壁が、火照った体にはひんやり心地いい。
甲高い笑い合う声。キュッキュッと体育シューズが床にこすれる音。それらが耳の奥で反響して、何となく昔の記憶が重なり合う。
―『どうした、春永。春永も混ざってきたらどうだ』
好青年というような人気の体育教師。彼はいつも奏斗に声を掛けてきた。そして結局、クラスのノリの良い集団に呼ばれて、駆けていく。その教師はよく、生徒に混ざってバレーをしていた。教師と生徒。違う立場の人間の笑顔がまじりあって、きらきらとした空間。楽しそうな声。ぼんやりと眺めているうちに焦点が合わなくなって、自分がゆっくりと後ろに引っ張られていくような感覚がする。
「……『混ざる』ってどこにだろうな」
ぽつりつぶやくと、隣から凛とした声が聞こえてくる。
「何かにつけて、奏斗くんはいつもへばってますね」
はっとなって見ると、珍しくポニーテールな銀髪少女が、しゃがみこんでこちらを見ていた。
「……ふゆ」
「大丈夫ですか?」と少し呆れたように言った彼女の唇は、運動した後だからか、とても血色がいい。覗き込んでくる淡い空色に瞳に、驚いた自分の顔が映って見える。距離の近さに驚いて、奏斗は思わずのけぞった。
すると、今度は反対側から声がする。
「何ぼけーっとしてんだ? すっかりOFFってたぞ?」
小夏が隣に座ってこちらを見ている。いたずらな笑みを浮かべた彼女は、小柄ゆえの上目遣いだからか、少し赤く染まった頬のせいか、いつもより少し幼い感じがする。
両脇を固められて逃げ場を無くしてしまう。しかもそれはタイプの違う、自覚なしの美少女二人によってである。
未だかつてない状況に奏斗がどぎまぎしていると、頭上から楽しそうな声が降ってきた。
「両手に花だな。かなっちゃん」
見ると、小夏の横で慧がいじわるな笑みを浮かべて立っていた。これはきっと、奏斗をからかって楽しんでいる時の顔である。
「『かなっちゃん』言うな」
―最近、慧がふざけている時が分かってきた気がする
「ってか慧と小夏も? なんで……」
突如揃った四人。昔の記憶を思い起こしていた奏斗は、思わずその理由を尋ねそうになったが、そんなことをする必要はなかったとすぐに思い直した。
「……俺たちはそういう関係だったな」
『契約的な』友達関係。あくまでそれは作り物。けれど、たしかにそれは、今の奏斗の『居場所』であった。
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