第13話 week of weak
「――というわけで御影くん、とっとと一条ヒカリさんの下着を盗んで来て」
「いやまで。何がどうなって、誰がどう考えたら、そんな奇想天外悪逆非道な指示が出てくるんだよ」
「なに、逆らうの? 私と手を組むんじゃなかったかしら?」
「手を組むどころか、俺の手だけ真っ黒に染められそうになってるんですが・・・」
「手は二つあるんだから一つくらい黒くなっても大丈夫よ」
「俺の手は腎臓じゃねえ! つうかそもそも、その指示に従った場合は片手どころか全身ギルティだよ!」
腕を組んで「やれやれ」と言わんばかりの態度で俺の席の前に立つ秋庭に、俺は反発しまくっていた。
「いつも以上に元気がいいわね、その調子なら後ろの人たちに混ざれるんじゃない?」
秋庭はうんざりするように俺の後ろを指さした。
振り返ると、教室の後ろの方で複数組のカップルがいつものように体を重ね、愛を囁きあっていた。「あん」だとか「好きだよ」とか「気持ちいい」とか、無数の言葉が浮かんでは消え、浮かんでは消え・・・。きつ。
「あー無理無理、俺にはああいうの向いてないから。勘弁してくれ」
「じゃあ、一条さんの下着を盗ってきなさいよ」
「とんでもない二者択一だなあおい!」
デッドオアデッドだよそれは。
秋庭のアホみたいな提案を適当に退けて、俺は一週間前までは平穏だったはずの外を眺めた。いつものグラウンドにはあれだけ輝いて見えていた葛西さんの姿はなく、所々に性を貪る野蛮なカップルの姿が散見される。
あの理事長の倫理観ぶっ壊しルールの提唱から、1週間。
既に校内では至る所で性欲真っ盛りの生徒諸君が夏の暑さに頭をやられたのか必死に腰を振っている様子が見られるようになった。夏になったらセミが鳴くように、学校に来れば交尾が見られる。まるで動物園のような光景が、当たり前の世界になりつつあった。
「まったく、男のくせにぐちぐち言うなんて、情けないわね。こうして無駄話をしている時間はないのだけど」
「俺はお前と手を組むなんて言った覚えはないぞ。なんならちゃんと断っただろ」
あの日、――それも丁度一週間前だったか。屋上で「手を組もう」と俺に囁いてきた悪魔こと秋庭風香の「申し出」を俺は断ったのだ。立派だね。
なのに、それなのに! この女はなぜか一週間たった今日という日に、俺の席にずかずかとやってきて、突然――
「Dクラスの一条ヒカリの下着を盗んできなさい」
なんて言うのだ、はっきり言って正気の沙汰じゃない。秋庭もこの夏の暑さにやられておかしくなってしまったのだろう。
俺は、これまた一週間前から学校を休み続けている親友の席を見遣りながら、机に臥せった。
「はぁ・・・使えない男ね」
「使えるからって使い古されるよりはよっぽどましだっつうの。大体人にものを頼む態度じゃねえだろ」
偉そうにしやがって、それが人にものを頼む態度かい! もっと頭を下げんかい!
「・・・ちゃんとお願いしたら、聞いてくれるのかしら?」
・・・ん?
「約束よ。ちゃんと頼むから、私のお願いを聞いて頂戴ね」
・・・あれれ? おかしいぞ?
「い、いや待て秋庭、そうはいっても頼み事には限界が――」
俺が顔を上げ、秋庭を手で制そうとする前に、
彼女は―――――――――――
「――ほら、これでいい・・・でしょ」
「お・・・・・・・・・・・」
頬は勿論、耳まで真っ赤にして、――――自らのスカートをたくし上げていた。勿論その先に見えるのは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なわけで。
「ね、ねえ、何とか言ったらどうなの? 飲むの? 飲まないの?」
どういう状況で何を聞いてんのこの子!? なんかおかしいよねそれ!?
「の、の・・・」
「飲みなさいよ!」
「――ッ、アーもうわかった、分かったから一旦降ろせ!」
俺は余りの極限状態に、つい負け(?)を認めてしまう。
しかし、それは秋庭も同じだったようで、勝ち誇るでもなく、体を両手で守るように身を縮めていた。
まるで俺が無理やり痴態を晒させたような気分になるが、違うよね? 違うよねこれ、不慮の事故だよね? 巻き込みだよね?
「・・・分かったなら、早く行きなさいよ、このド畜生・・・」
瞳をうるませて最大級の罵倒をお見舞いしてくれやがる。
・・・お前、一体どこでこんなお願いの仕方を学んできたんだよ・・・日本の常識じゃねえぞそれは・・・
「は、はやく、いきなさいよ・・・」
「お・・・・・・・・・・・・・お、お、おう」
顔を真っ赤にして恥じらう秋庭の一面を垣間見てしまった俺は、気まずさもあってか、ぎこちない動きで教室を飛び出したのだった。
俺の手は汚すまでもなく汚れてしまっているのかもしれない。まずは手を洗うことにした。
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