第16話 Solution
「お茶でいいかしら? 持ってくるわ」
「・・・お、おう。あざす」
秋庭は、普段の制服姿とは違う格好だった。薄手の水色パーカーに、灰色のドルフィンパンツ。やけに肌色の多い姿に無駄にドキリとさせられてしまう。
ここは秋庭の部屋。そう、俺は人生初、女子の部屋。
無パンツ君によってSEPの重要性を教えられ、憤慨しながら秋庭の居る教室に戻った俺だったのだが、問いただそうとするや否や口を塞がれ手を引かれ、こうして彼女の部屋まで引っ張ってこられてしまった。・・・彼女の部屋、と言っても女子寮の中の一室でしかないが。
「あ、一応だけど物色したりしないでね? 通報するから」
「しねえよ。というか物色するほどモノもねえだろ」
出来る限り動きを最小限にしつつ、首だけで部屋の中を見まわした。想像とは違って、思ったより質素――よく言えば実用性に重きを置いているように見える。
いくら普段が厳しく正しい秋庭でも、自失となればお人形やクッションの1つくらいはあると思っていたのだが・・・あるのは勉強机と食事用の小さい机、姿見鏡と本棚程度。一人で寮に暮らす学生にとっての必需品が最低限そろえられているのみだ。
「一条さんの下着を盗んでくることも出来なかった人間に、私の部屋を漁ることなんて不可能だものね」
「・・・あれ、本気だったの?」
「本気じゃないのに、貴方のような人間を前にスカートを捲し上げたりするかしら?」
一瞬、教室で見た秋庭の下着が脳裏に蘇る。瞬時に煩悩を滅殺。
「・・・まあいいわ、ともかく、あまり学校では話しかけないでほしいの。用があるなら直接私の部屋に来てちょうだい、足りない頭でもこの部屋の番号くらいは覚えられるでしょ」
「ひどい言われようだな・・・つか、前は校内で俺に話しかけてくるのに、横柄だ」
「あなたに危機感が無さすぎるのよ。私はリスクを見計らって接触しているのに、台無しにされたらたまったもんじゃないわ」
・・・まあ、言わんとすることは分からんではない。俺は反論するのを止めた。
「それは・・・悪かった」
「で、あんなに物騒な顔つきで迫ってきて、一体何の用? はい、お茶」
分かり切ったことを、平静を装ってよく聞けたもんだ。
お茶の注がれたコップが机に置かれた。コップにもかわいらしいマスコットなどは描かれていない。ただただシンプルな、青色とピンク色のコップが並ぶ
「性的接触による評価点・・・SEPが一定以上ないと進級できないって話、知ってるか?」
お茶を飲みながら、少しかまをかけてみる。
「ええ、知ってるわ。100万ポイント持っていないと進級不可。10万ポイント持っていないと退学、でしょ?」
凛然。さも当たり前のように、肯定する。
俺の小細工の意味など無く。
「・・・なぜそれを先に教えなかった・・・」
「どうせ私から伝えても、『あなたと手を組むための口実』だと勘繰っていたでしょう、あなたは」
「・・・それは・・・」
強くは否定できない。秋庭から手を組もうと打診されている以上、秋庭から得られる情報は全て「意図」的である可能性が捨てきれない。もし秋庭からこの情報を伝えられていても、そう取り合うことはなかっただろう。
無パンツ君――冴葉という完全に無関係な他人から伝えられた情報だからこそ、信憑性があるともいえる。
それに、と秋庭は続ける。
「この情報はSEPを1ポイント以上獲得した瞬間に、学校側からの通達で届くようになっているの。つまり、『0』ポイントの生徒にはいつまで経っても情報が通達されない。そして友達の居ないあなたのような生徒は、その真実に気づくことなく年度末を迎え、突然退学を余儀なくされる。要するに、これは学校側の意図している状況でもあるわけ」
「・・・不公平だな」
ポイントが『0』ってことは、
・ポイントを集める意義を感じていない
または
・ポイントを得ようにも得る手段がない
人間だけだ。そもそもそういう人間はこの学校に必要ないということなのかもしれないが、対応としてはあまりにも酷い。
どうやら秋庭は俺の質問や反応をある程度想定していたようだった。言葉や態度に一切の動揺が見られない。
「不公平ではあっても、不正ではないわ。学校側の決めたルールの前に、参加者である私たちは異議を申し立てる権利などない。この学校に所属する恩恵を受けるための試練、といっても良いでしょうね」
お茶をすすりながら、きっぱりと言いきる秋庭に俺は少し違和感を覚える。
「秋庭、おま――」
「ちょっとついてきて」
俺の言葉を遮るように、秋庭は急に立ち上がって玄関の方へと向かう。そして、玄関扉の前で左折した。・・・寮の部屋の構造が男女で共通であるならば、おそらくその先は「更衣室兼バスルーム」である。
ついてこいと?
「早くして」
はい。
俺はぴょんと立ち上がり、不安8割、期待2割で声の方へと向かった。
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