第17話 Emission

「――っておいっ!!! なんて格好だよそりゃ!」


「なにって、今日見たでしょ」


 上下ともに下着姿の秋庭が、そこに立っていた。俺の推測通りそこは更衣室だったわけだが、そんなことよりも驚くべきは秋庭のボディ!

 着やせするタイプなのか、やや目を見張るようなバストと引き締まった腹部、そして今日見せられたものと同じ、黒の・・・うっ! 煩悩がッ!!!

 

「いやっ、誰が、そんな堂々と下着姿をッ――」


「下着じゃないわ、水着よ。体育の授業が近いから試し着」


「・・・へ?」


 両目を覆って紳士らしさを保とうとした俺の健闘は空虚に終わる。

 水着・・・? え? いや、え?


「え、いやでもさっき教室でも・・・」


「水泳部にちょっと顔出す予定だから、HR終わりに着こんでたの。あなたがうぶな人間で良かったわ。あんなので騙されて私の思うように動いてくれたんだもの」


「・・・・・・」


 組んだ腕の上に乗っかる二つの整った双房、きめ細やかで純白の肌。控えめだが破壊力のある臀部。

 きっとこのプロポーションを披露すれば多くの男子生徒は秋庭をターゲットとしてリストアップするに違いない。


 だがしかし、そんな眼前で燦燦と輝く宝物などどうでも良い。

 だってフツーにむかつくからね、こいつ。

 俺の感情を弄ぶどころか、騙し、掌で躍らせていたとは。

 そういう意味では、真に俺がムカつくべき相手は、ちょろい自分自身なのだろうが、知らん。俺は俺自身に対してはいくらでも諦めがつくが、他人に対しては厳しいのだ。

 

「・・・もう知らん、呆れた」


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ、――って、もう、ま、待って!」


 完全に意気消沈した俺の手を掴んで引き留める秋庭。


「・・・なんだよ、俺はお前のおもちゃじゃねえぞ」


「そ、それは・・・ごめん・・・でもおもちゃにしたつもりはなくて・・・」


 いや、おもちゃでしょ。乱暴に扱っても壊れにくいトミ〇みたいに使ってたでしょ。コンクリートの地面に押し付けて走らせて、タイヤぐちゃぐちゃにしようとしてるでしょ。


「・・・・・・・・・・・・・・言いたいことはそれだけか?」


「いや、ごめん、違くて・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 うんともすんとも言わない俺に気を遣ったのか、あれだけ強情で高潔だった秋庭がその鉄壁の門を開く。


「わ、私、風紀委員だったから男子には注意するばかりで、あまり話すのに慣れてなくて、なんて言えばいいのかしら・・・御影くんくらいしかいない、というか・・・」


 少し恥じ入るように、目を伏せながらそう自白する秋庭。

 突然デレるな、ラブコメじゃねえんだぞこれは。

 そしてなお、俺が水着美女に手を掴まれている状況は変わらない。


「・・・何が俺しかいないんだよ。水着を見せて驚かせるなんて、俺以外の男子でも試せるだろ。入れ食い間違いなしだし、SEPもがっぽり手にはいるぞ多分」


 目の前の抜群のプロポーションに半分興奮しつつ、もう半分の俺のしがない現実によって理性を保つ。


「・・・ち、違うの、これは御影くんにしか、頼めない・・・」


 スカートを捲し上げた時と同じように、顔を赤らめ上目遣いでちらちらと見てくる秋庭に、理性のダムが警報を鳴らす。


 隊長! あきまへん! 決壊しますぅ!!


 馬鹿野郎!! 耐えるんだ! 俺!


「・・・だがな秋庭、俺のような人間に出来ることなんて・・・」


「御影くんだから、お願いしたいの・・・」


 ギュっ


 俺の手が、ひんやりとした女子の手によって握りしめられ、そのまま宙を舞う。

 人に手を握られたのはいつぶりだろうか、そんなことを朧げに思っていると


「――――――えいっ」


「――ッ、はっ!?」


 ぽよん、と可愛い音がしたかと思うような一瞬の出来事。

 俺の手は、秋庭のたわわに実った果実に押し付けられる。柔らかく跳ねた果実の感触が、右手にジワリと焼き付いた。


「お、おおおおおいいおいおいぽいいぴぽいおい何してんだお前ッ!!!!!」


 あまりに一瞬の出来事に気が動転し、俺は壊れたプログラムのような言葉を吐き出していた。


「いい、御影くん。この絶海の孤島で生き抜いて、無事にこの学校を卒業するためには私とあなたが手を組むしかない。その上で、これだけは覚えておいてほしいの」


 いやいや何冷静にツンモード入ってるの秋庭さん! 俺のハートは既にこの絶海の孤島なんか飛び出す勢いで浮上して、逆大気圏突入しちゃってるから!!!


 あわあわする俺などお構いなしに。

 水着姿の美女はいつもかけていたメガネを外した。

 そして冷静に、凛とした様子で、粛然と、言葉を続けた。


「私たちに必要なのは理論じゃない、行動よ」


 秋庭風香の瞳は、真っ直ぐに俺の瞳を見据えていた。

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