第18話 Mission
波のさざめき。きらめく砂浜に、浅瀬で戯れるビキニ姿の美女たち。
香ばしいにおいを漂わせる屋台に、ビーチバレーで体中を砂まみれにして笑い合う男女の群れ。
そう、ここは「夏」を最上級に感じさせる常夏ビーチ。
今この瞬間、この孤島の中で最もにぎわっている場所だと言っても過言ではないだろう。
俺が立つ砂浜の地面からも、この地の熱気がむんむんと伝わってきて、今にも海に飛び込みたくなる衝動に駆られてしまう。
暑い。猛烈に暑い。海に入れないのなら、今すぐ帰りたい。
「待たせたわね、御影くん」
と、待ち人に苛立っているところに、気品ある声が背後から届く。
振り返ると、予想通りの声の主、秋庭風香が立っていた。
黒の水着はところどころ網状の模様を象っていて、大人びた雰囲気を醸しだす。少なくとも、風紀委員が着ていい代物ではなさそうだった。
「別に待ってねえよ、とっとと行こうぜ」
「あら、私の水着姿をこんな至近距離で見ておいて、何か言うことはないのかしら?」
「・・・ねえよ。この前見たし」
モデルのようなポーズを恥ずかしげもなくとってみせる秋庭を直視できず、俺は先に海に向かって歩き出した。砂浜は足が思ったより沈み込んで、歩きづらい。
「もう・・・つれないわね」
「つれないけど、連れられてきてやってんだから、まだいいだろ」
「それもそうね――ってきゃっ!」
秋庭はかわいらしい声を出したので振り返ると、その場でしりもちを着いていた。砂浜に足をとられてしまったのだろうか。半分開脚したかのような不甲斐ない秋庭の姿が、いやでも目に入ってしまう
「――も、もうっ、み、みないでくれる!? 馬鹿っ!」
なんか言えと言ったり、見るなと言ったり、忙しい奴である。ただでさえ暑いのにこいつといると無駄に汗をかいてしまいそうだ。
「・・・ほら、立てるか」
差し伸べた俺の手を秋庭が掴み、転げないようにゆっくりと立ち上がる。手と手の間に入りこむ砂が絶妙に心地が悪い。
「しかし随分人が多いわね。予想以上だわ」
「休日だしな、ハメ外したい気持ちも分からなくはない」
「学校でもハメまくってるのに?」
「・・・生々しいことを言うな」
「というか御影くんはハメを外したい気持ちなんて理解できないんじゃないの? 日陰者だし」
・・・突き飛ばしてえ・・・
俺の心中でどす黒い渦の波が発生し始めた時、そこらで遊んでいたバカンス女子たちの声が耳に入った。
「――ねえ、あれ秋庭さんじゃない? スタイルやばっ・・・でも、風紀委員なのにビーチ来るんだ、意外かも!」
「わ、ホントだ。一緒に居るのは・・・誰? 見たことないんだけど・・・彼氏?」
この絵面だけ見れば俺と秋庭がカップルに見えてしまう人間もいることだろう。現にこのビーチにはそういう男女がたくさん集っている。カップルか、今日この場で相手を見つけようと睨みを利かせる肉食の獣か、そのどちらかしかこの場には居ないだろう。
だが本来、俺のような日陰者はこんな場所には近寄らないのである。
「――秋庭、とっとと行こう。人目に付くのは俺もお前も本意じゃないだろ」
変な噂でも立てられたら困る。・・・いや、俺の肩身など元々ないようなものだから別にいいが、秋庭の評判まで下げるわけにはいかない。
俺は仕方なく秋庭の手を引いて目的地である海辺まで向かおうとした、が――
「私はカップルだと思われても何の差支えもないわ。私たちの作戦にはむしろ好都合だし。・・・ほら、彼女がこう言ってるんだから少しくらいやらしい目で見てもいいのよ? ねえ、ユウマ」
不意に俺を下の名前で呼ぶ秋庭。理科準備室の前でこいつと鉢合わせしてしまった時と同じような、狂気を感じさせるような不敵な笑みに、俺の脈拍が一気に上昇する。
「お、おい、ふざけてんじゃねえぞ」
俺の言葉に秋庭は動じることなく、黙って俺との距離を縮めてきた。体と体が触れ合いそうな距離になると、一部始終を見ていた女子たちから黄色い歓声が沸く。
それもそうだ、今の光景は俺が秋庭の手を持って、体を擦り合わせるように突っ立っているだけ。ラブラブなことこの上なく見えるだろう。
違うわ、ボケ。こいつとそんな関係になることなんて一生ない。
今日はSEPを稼がせに来てんだよ。
「ゆ~っくり楽しみながら、作戦を実行しましょ、ユウマ」
「・・・名前で呼ぶな、アホ」
俺は、とんでもない奴と手を組んでしまったのかもしれない。
最悪な相棒は、モデルのような上品な歩き方で海辺へとゆっくり歩き出した。俺も大きなため息をつきながら付いていく。
俺から握ったはずの手は、今では秋庭に強く握りしめられ、離せなくなっていた。絶対に逃がさない、とでも言いたいのだろうか。
別に、逃げはしないが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます