第19話 Erotic

「はい御影くん、塗ってちょうだい」


 秋庭は砂浜に敷いたビニールシートの上に寝そべり、俺にサンオイルを渡しながらそう言った。道中で買ってきた市販のビニールシートには謎のマスコットキャラクターが無数にプリントされている。


 波打ち際からほんの数メートルだけ離れている場所に、謎の美女が突然現れたのだ。海で遊んでいた生徒たちが興味津々で動きを止めるのも必然であろうか。


「ふーっ・・・にしても今日かなり暑いわね、やんなっちゃう」


 そうして秋庭は自らの水着の紐を緩めて、――脱いだ。

 勿論、うつ伏せになっているからOUTなものは一切ない。秋庭の背中は完全に露わになり、じんわりと汗をかいているようだった。

 透き通るような肌と横からだと見えそうで見えないそのたわわな果実、抜群のスタイルが野郎どもの視線を釘付けにする。


 俺は、前傾姿勢で固まる野郎どもの様子を見ながら、サンオイルを自らの手に出して馴染ませていた。

 陽射しが強そうだからと、サングラスを買ってきておいてよかったな。お陰で、これだけ注目されても俺が誰かは分かるまい・・・どうせ俺の顔見ても誰か分からないだろうけどな!

 変に自虐している俺を不審に思ったのか、秋庭が催促してきた。


「ねえまだ? 見惚れててもポイントは稼げないわよ?」


「見惚れてねえわ」


「ひゃんっ! つめたっ・・・って急にかけないでよ!」


 すまん、つい出来心で・・・。

 砂浜のパラソルの陰で、女性にサンオイルを塗るなどと言う経験、こんなの人生で一度もあれば十分だからな。惜しみ無くやれることは全部やっておこう。

 変な声を出して恥ずかしかったのか、若干頬を赤らめている秋庭を見ながらそんなことを考えていた。


「――あ、それと、作戦通り生徒手帳は開いたまま塗ってね?」


「へいへい、仰せのままに」


 秋庭に指示されて、俺は持ってきていた手提げから生徒手帳を取り出した。勿論秋庭のモノだ。そうして、手帳のSEPが印字されているページを開いたまま、野郎どもの視界に入るように、わざとらしく立てかけてやった。といっても生徒手帳はそんなに大きなものでもないので、ある程度近づかないと「SEPを何ポイント獲得しているか」は分からないだろう。まあ、それは良い。


「さーて、じゃあ始めまっせ」


「いいわ、来なさ――ひゃうんっ」


 ベトベトになった手で、勢いよく秋庭の背中に両手で触れる。これまで体験した事が無いような、柔らかく温かい感触が掌に広がっていく。


 これが・・・背中だとッ!?

 俺の脳に衝撃が走る。俺の手を包み込むような柔らかさと、それでいて適度な反発力を持つ肌・・・これが・・・女子の背中!!!


「や・・・み、御影、く、ん。触り方・・・んんっ、おかしい・・・わっ」


 体をくねらせる秋庭を置いてけぼりで、俺の脳の回路はショートしていく。


 これが・・・これが・・・女子の柔肌!! 


「も、もう・・・ちょっと、はっ。そ、そこ、くすぐったい・・・ぅ」


 視界が大きく波打つ。喉から心臓が飛び出てもおかしくない。

 そのくらいに俺は、していた。


 秋庭がかわいらしい声をあげたお陰か、周りの生徒たちも徐々に徐々に俺たちの居るパラソルに近づいてきているのが分かった。


 まだだ、まだ止めちゃいけない。

 焼き切れた導線が無数に転がる脳内で、それでも残っていた理性の回路を辿る。

 まだ足りない、沈み込むように、俺は自分の感覚を深めていく。のように。

 

「――だめっ、これ・・・こえっ、でちゃうぅ・・・あっ、んんんっ」


 秋庭がうつ伏せのまま、体をびくつかせた。それでも俺は手を止めなかった。

 合図はまだない。ならば作戦は続行ということだろう。


「お、おいあれなにやってんだ」

「わかんねえけど、なんかくっそエロいぞ」

「俺にも見せろ、どけどけ」


 集まりつつある群衆たちを横目に、秋庭の背中にオイルを塗りたくり続ける。


「あれ、生徒手帳じゃねえか?」


 誰かが、仕掛けに気付いたようだ。

 そうして秋庭が現在所持しているSEPをボソッと読み上げる。


「じゅ、10万ポイント・・・11万ポイント・・・13万ポイント!」


 男の小さな声は、群衆の中でこだまして、やがて大きな波となる。


「な、なんだあの増え方・・・あんな増え方見たことねえ!」

「え、エロい、エロすぎるんだ! だからあんなにポイントが一気にッ!」


 オオオオオオオと男たちは歓声を上げる。


「はんっ・・・み、みかげく・・・っん。も、もうっ・・・いいっ・・・からぁ・・・」


 歓声がひときわ大きくなっていくが、俺の手は止まらない。

 思考が、深い闇に落ちていく。


 もっと、もっとだ。


 視界が黒く染まっていく中で、俺は秋庭の部屋――バスルームで聞いた言葉を思い出していた。


 ――必要なのは理論じゃない、行動よ



 ――あなたと私なら、SEPの構造そのものを破壊できる



 ――私と手を組むのよ、それしかない





 ――だってあなたは







 ――SEPを1ポイントも獲得出来ないのだから

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