第20話 Collision

 ――SEPを1ポイントも獲得出来ないのだから


 数日前に秋庭から告げられた衝撃的な言葉を思い出す。

 秋庭のパンチの効いたOπを無理矢理触らせられた後だった。


「俺がSEPを獲得できない・・・? なんだその訳わからん話・・・」


「屋上であなたのポイントが『0』だと聞いたとき、おかしいと思ったの。理科準備室で私とまぐわっておきながら、私にだけポイントが付与されるなんて変だわ」


「い、いや俺は別にお前とまぐわっては――っておい、なにすんだっ」


 秋庭は俺のポケットに手を突っ込んで、無造作に生徒手帳を取り出した。

 手慣れた仕草でSEPが印字されているページを見て、頷く。


「・・・やっぱり。こうして私の胸を触ってもあなたのポイントは加算されない。『0』のままね」


「ま・・・まじか」


 俺の戸惑う姿など無視して、秋庭は脱ぎ散らかした自らの服を引っ張り上げて自身の生徒手帳を開く。


「――そして、私のSEPは貯まる。たったこれだけの行為で3000ポイント・・・」


 確かめるように秋庭は続ける。顎に手をあて少し考える仕草を見せながら。


「私の仮説によれば、この現象には何か大きな秘密があるに違いない。でも、残念ながら私とあなたのポイントを見るだけでは、これが本当に異常なことなのか判断できないわ」


 ――だから、行動よ。行き過ぎた理論は行動を制限する、それは避けたいわ


 そうして『週末ビーチサンオイル塗りたくり作戦』が即時立案、本日決行にまで至るのである。


 ***


「み、んんんっ、御影・・・く、んっ、あっ。ま、まって、もうっ、いいからあぁっっ」


 体をしきりに跳ねさせる秋庭を見て、俺の興奮は最高潮に達していく。

 理科準備室で秋庭と初めて接触したときと同等、いや、それ以上の興奮だった。


 ――この女


 脳内で黒い俺が囁く。彼の言葉が、思考が俺を蝕み、「もっと、もっと」と俺の手を加速させる。


「――っ、はぁーっ、ふ、んんっ、あ、っふぅー」


 秋庭の息が上がっていくのが分かった。それでも、手は止まらない。背中だけを撫でまわしていたはずなのに、今ではもう二の腕からふともも、鼠径部にまで手が伸びていた。ぬるぬるとしたサンオイルが秋庭の体中に塗りたくられ、その光沢がいやらしさを醸し出す。


 湧いていた群衆たちの熱気も高まっているのが感じられた。


 ――この女なら、この女なら――


 黒い俺の囁きが次第に脳内で大きくなっていく。

 俺の思考は、理性は音を立てて崩れていく。


「ひゃあっ、御影くんっ、そこはぁっ・・・」


 手が、秋庭の横腹に伸びた。秋庭は俺を止める力を持ちえない。いや、その気力ももう無いといった方が正しいか。


 背中よりも深く沈み込む感触。腰骨からゆっくりと、オイルの力を借りて上部へと指を滑らせる。


「だ・・・だっ・・・めぇっ」


 ――――――――‐‐


「――きみ、なにしてるの?」


 俺の意識が完全に闇に落ちるすんでのところで、肩に誰かの手が乗った。そしてすぐさま後ろに引っ張られる。


「――おわっ」


 秋庭から無理やり引きはがされ、見上げた先には見知った顔。


「きみ・・・もしかして・・・」


 その女子は俺のサングラスを頭上にかけさせた。俺の眼を見るために。そして目がバッチリ合った後、元に戻す。


「御影くん、御影ユウマ君だよね、君。こんなとこでなにしてるの? セクハラ?」


「・・・い、いや、これは・・・」


 言葉を失う。俺が暴走してしまった現状ではなく、目の前に居る存在に対する動揺だった。

 緑色の水玉が彩る水着に、ラッシュガードを羽織っている女性。そのプロポーションに群衆の視線は一気に集中する。

 秋庭に負けず劣らず、いや、はっきり言って、この女性の方が爆発力はあると言えるかもしれない。


 だってこいつは――


「――っ、み、御影くん・・・話が、ふーっ、違う、じゃないの・・・何を盛って・・・って、あなたは・・・」


 秋庭は漸く一息付けたようで、体をゆっくりと起こしこちらを見る。水着は外したまま、隠せないトップ部分を腕で覆い隠しながら。


「ん? 私? 私は葛西、葛西一葉」


「葛西・・・さん・・・」


「というか、そっちに居たのは秋庭さんだったんだ~ 普段と全然雰囲気違うから誰かと思っちゃった」


 てへへ、と微笑んで見せる葛西という女子生徒。ただ、その顔はどこか禍々しいオーラを放っているようにも見えた。


「で、もっかい聞くけどさ、何してたの? 二人で」


 明るいブロンズヘアーを一つにまとめたポニーテールを揺らす、学校でも屈指の美女――葛西一葉。

 俺の目線に合わすように、腰をストンと落として、笑顔のまま問う。


「何、してたの?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 まさか、まさかこんなところでと接触してしまうとは・・・

 冷や汗をかきながら、俺は地面の砂を強く握りしめた。その感触は俺の求めていたものとは程遠い。

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