第21話 Guilty

「何、してたの?」


 絵にかいたような偽物の微笑みで、葛西一葉は俺に問いかける。

 蛇に睨まれた蛙・・・慣用句ってのは良く出来てるもんだ。

 全然動けないし、言葉も出てこない。暑さのせいとは思えないほどの汗が全身の穴という穴から吹き出ていた。


 ナニも、してないよ・・・オイル塗っただけ・・・健全・・・

 ねえ? 秋庭さん!


「・・・御影くん、もしかして私にセクハラすることが目的だったの?」


 訝しげな目で背後から俺を刺す秋庭。

 なんでそうなるの~!


「ち、ちがう、そんなつもりじゃ――」


「痴漢は皆そういうわよ」


「ありゃ、当事者が言うんだったら、言い逃れは出来ないよね~?」


「ぐっ・・・」


 2対1。

 前後に蛇、致死率1000%

 物珍しさに集まっていた野郎どもは、音もなく消えていた。ビーチの喧騒は俺たち3人を置いてけぼりにして、再生される。

 くそ・・・薄情な奴らめ!!!

 

「一応確認だけど秋庭さん、あなたはに無理やり迫られたの?」


「え、えっとそれは――」


 秋庭の言葉が詰まる。それもそうだろう、俺がサンオイルを塗ること自体は彼女の指示だ。この結果は、想定していたものではなかったかもしれないが・・・


 でも葛西さん、さっきまで一応名字で呼んでくれていたのに、今ではもう俺を蔑むような眼で見ているじゃないか・・・切り替え早すぎるよぉ。


「望むなら、この男を学校側に突き出して退学させることもできるよ? どう?」


「ちょ、ちょっと待ってくれ、それはいくらなんでも――」


 口を挟もうとした俺に、葛西は冷徹な視線を向ける。


「――合意のない性的接触は即退学、これがルール。知ってるよね?」


「・・・あ、ああ・・・」


 その瞳には、光など一切なかった。

 俺は、葛西一葉という女性像を勝手に誤認していたのかもしれない。グラウンドで陽キャどもと遊んでいた彼女の姿からは全く想像できない毅然とした態度。いや、そりゃまあ喋ったこともない相手なのだから、「実はそういう人だった」ということなのだろうが。

 これ以上俺が反論しようものなら、秋庭の返答など待たずに首根っこを掴まれて豚箱行きだろう。

 固唾を飲んで秋庭の回答を待った。


「わ、私は・・・」


 秋庭は、顔を赤らめ胸元を自分の腕で隠したまま、きっぱりと言い切る。

 さあ、言ってやれ秋庭、俺とお前が手を組んでいることを! 全ては演技だということを!


「――私は御影くん、いえ、この男に性的接触を強要されたわ。とっとと連れ出してもらえるかしら」


「・・・へ?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ん?」


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ん?

 

 心の声と発言が一致する。

 あれ? 今、なんて?


 ご、合意なく? 強要? あれ?


「・・・ですって御影くん、じゃ、行きましょうか」


 葛西は俺の首根っこを掴んで軽々と持ち上げる。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! お、おい秋庭! どうなってんだ! 話が違うだろ

!!」


 もがきながら秋庭に訴えるが、秋庭は露わになっていた自らの体を抱きしめ覆い隠し、俺のことを直視することはなかった。

 お、おい嘘だろ・・・


「話が違うなんて・・・知らないわよ。あなたが勝手にしたんじゃない・・・」


 吐き捨てるように、そう言う。


「言い訳は見苦しいよ、御影くん」


「言い訳なんかじゃねえ――っていててててて、そ、そうだ、その生徒手帳が何よりの証拠だっ! こいつは俺と――」


 ――俺と手を組んでSEPを荒稼ぎして、その細工を見破られないようにしつつ注目を集め、学校での立ち位置を有利なものにする。そのための足掛かりを作りに来た


 秋庭と練ったはずのこの計画の目的を叫んでやろうとした、が――


「――黙りなさいこの痴漢ッ!!!」


 メギィッ!!!!


「――――ガッ」


 気付けば、秋庭は目にもとまらぬ速さで俺の腹部とこめかみを殴打していた。

 俺は一切の防御姿勢も取れず、その攻撃をダイレクトに受ける。


「・・・て・・・め・・・ぇ・・・」


 完全に俺の腹部とこめかみに決まった一撃で、脳が大きく振動したのが分かった。それと同時に、視界は暗転する。

 暗闇に誘われる直前、秋庭の両手が空いたことによって、一瞬だけ彼女のたわわがその全貌を明らかにした。


 ――綺麗な・・・お・・・ぱい・・・・・・・・


 曲線美の極致ともいえるその形状に、脳を刺激するその先端に、得も言われぬ思いを馳せながら俺は気を失った。 

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