第15話 Liar

「進級に100万ポイント必要、だと・・・?」


 俺は自分の生徒手帳をポケットから引っ張り出し、現在のポイントを確認した。


 ・・・無慈悲にも、「0」が刻まれたままである。

 このルールが発布されてから――いや、遡っても四月から俺は一度たりともポイントを獲得していないのだ。

 当然と言えば当然だが、今の状況から考えると絶望的だ。


 "100万ポイント所持していないと、進級できない"

 "そして、年度末に10万ポイント所持していないと、退学"


 信じがたい言葉だった。 


「顔青ざめてるじゃねえか。どんだけポイントしょぼいんだよ・・・――ってこりゃ・・・ひでえ・・・」


 挙動不審な俺の姿が気になったようで、下半身を露出したままの男は俺の生徒手帳を覗き込んできた。

 そして絶句する。当たり前だ。0なのだから。


「お前、大丈夫なのか?」


 大丈夫なわけない。この先も一切性的接触などするつもりも、予定も、希望もないのだから。退学まっしぐらである。

 しかしこの無パンツ君、他人である俺のことを心配してくれているあたり、偉そうにしているが、実は優しい性格なのかもしれない。


「だ、大丈夫じゃなひ・・・」


「目の焦点があってねえな・・・ちっ、しょうがねえな、お前だけだぞ」


「え、お前だけって――おわっ」

 

 俺の体は、無パンツ君の腕に強引に引き寄せられ、彼に抱かれる形となった。

 マテ、ソンナテンカイ、ダレモ、ノゾンデナイ。


「――参考までに俺の総ポイント見せてやる。ヤリまくってるから内訳はよく知らねえが、少しは役に立つだろ」


 良かった、そういう展開ではなかったらしい。

 俺の視界に入るのは、無パンツ君の生徒手帳、そして、彼の所有するSEP――性的接触による評価点。


「――ろ、ろろろろろ――ッふががががが」

「――おいバカ! 口に出すなよ!」


 口を無理矢理両手で塞がれる。

 口外してやろうと思っていたわけではないのだが、眼前に映し出される情報が信じられず、口に出さずにはいられない数値だった。


「こ、こんなたくさんのポイント・・・一体どうやって・・・」


「どうやってもくそもねえ、ただ繰り返すだけだ」


 俺を開放した無パンツ君は先ほどまで乱れ狂っていた教室内部を指で指しながら、坦々と言う。


「フツーにヤッてるやつらは1週間かけて精々2万ポイントほどしか稼げねえ。そりゃそうだ、1対1がデフォルトで、回数も1、2回。それで稼げるポイントなんてたかが知れてる」


 はるか遠くの廊下で愛を確かめ合っているカップルを横目に、無パンツ君は続けた。


「1週間で2万、ひと月で8万、1年で96万。まあ、どっかでスパートかければ年度末100万ポイントは夢じゃねえ。大体の生徒がそういう算段で毎日せっせとヤッてんだろうよ」


「・・・なるほど」


「だがな、俺は――

"同一のペースで同じ行動をとり続けていれば、安全が保障される"

っつうのはどうにも怪しいと思ってる。学校側だって俺たちがその思考に至ることを分かり切っているはずだ。そう考えれば、この先盤面を変動させるために、学校側が突拍子のないルールを新設してもおかしくない。だから、こうして一度に複数人と性的接触することで多少の問題があっても俺だけは生き残れるようにしてんのさ。ポイントを多く持ってて困ることはねえしな」


 不遜な笑みで、それでいて冷静に語る無パンツに俺は感心する。

 性的接触による評価点の付与、そのルール単品で見ても正直意味が分からないというのに、問題への回答と、安全策にまで気を巡らせているとは・・・パンツを穿いていない状況でなければ、俺はこの男を側近にしていたかもしれない。


「冴葉く~ん、まだぁ~? 続きしようよ~」


 閉じられていた教室の扉が再度開かれ、無パンツ君――冴葉と呼ばれた男に全裸の美女が抱き着いていた。ブロンドのロングヘアーと双房を揺らし、冴葉の肩越しに俺を見据える。み、見えないッ! 邪魔だ無パンツ君!!!


「あれ~? 冴葉くんの知り合い?」


 無パンツ君と俺を交互に見る美女。端正な顔立ちに、涙黒子がビッチ感を醸しだす。


「美月その格好で出てくんじゃねえ。別になんでもねえから、お前は戻ってろ」


 そんな美女に一瞥もくれるでもなく、股下の剣を微動だにさせることもなく、無パンツ君は軽く手で美女を押し返した。

 だが無パンツ君、君もパンツを穿いてないぞ。


「ちぇ~ 冴葉くんの貴重な友情シーンが見れるかもって期待したのに~」


「うるせえ、・・・後でたっぷり痛めつけてやるよ」


「こわ~い。でも、楽しみかも・・・ふふっ、じゃあまたね、お兄さん」


「あ・・・は、はあ・・・また」

 

 終始無パンツ君に怯えるでも媚びを売るでもなく対等に渡り合った金髪美女は、そう言って教室に戻っていった。

 腑抜けた声で返答してしまったクソださい俺を100回ほど脳内で殴る。

 

 というか無パンツ君、あんな美女をモノのように扱ってるのか・・・なんかすっげえ妬ましいな。


「わりいな、変なの出てきてよ」


「い、いや、大丈夫」


 変なのはキミも出してるよ、とは口が裂けても言えない。いつまでその切っ先を俺に向けているんだ。危ないよ!


「話は終わりだ。これ以上用がないなら戻りな。・・・まあそのなんだ、ポイントはやれねえが、なんかあったら力になってやるよ。クラスはどこだ?」


 頭を掻きながら手助けの申し出をくれる無パンツ君。話を切り上げたのも廊下での長話にはそれなりのリスクが伴うことを考慮してのことなのだろう。つくづく、優秀である。パンツは穿いてないが。

 俺がCクラスに在籍していることを伝えると、一瞬だけ驚くような表情を見せてから


「――Cクラスなら秋庭って女には気を付けるんだな」


 とだけ言った。あいつはつくづく迷惑な奴である。そもそもこんな状況になったのは秋庭の命令のせいで・・・


 ・・・・・・・・・・・・秋庭のせいで・・・?


「じゃ、またな。・・・御影」


 別れ際、無パンツ君は俺の名を口にした。


「・・・どこかで会ったことあるか?」

 

 はっきり言って、俺は面識がない。こんな見るからに「いかついけどかっこいい」新時代のヤンキーみたいな風貌の人間と知り合いになったことなどない。

 無パンツ君は少し眉をしかめた。


「いや、当てずっぽうだ。Cクラスの女には多少伝手があるからな。まさか当たるとは」


 珍しいこともあるもんだ、と笑いながら無パンツ君こと冴葉大雅は自らの教室へと戻っていった。


 俺は無パンツ君のことを知らない。だが、冴葉大雅という人間について最低限のことは知っている。そういうことなのだろう。


 100万ポイントを貯めないと進級できない。

 これは俺にとって大きな問題だ。卒業さえ出来れば良いと思っていたが、このままでは進級すら達成できない・・・


「あの野郎・・・」


 一条の下着を盗んで来いという無謀な命令と、一条の不在。

 つまりあの命令は、俺にSEPの重要性を気付かせるためのブラフだった、と考えるべきだろう。

 俺の足は迷うことなくあの女の元へ向かっていた。

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