第14話 S E P
男子トイレから出た俺は一息ついてから1-Dクラスへと向かった。
あ、別にトイレで賢者になってきたとかではない。ただ単に人の居ないところに行って落ち着きたかっただけだ。・・・とはいえ、まさか男子トイレの個室でえっさほいさ楽しんでるカップルが居るというのは予想外だったが。
この一週間で俺を取り巻く環境は変わってしまった。劇的に、性的に。
取り巻く環境は変われど、俺は何も変わらず・・・虚しいねえ。
大きなため息をつきながら、Dクラス教室の前まで来た俺は、教室内を見遣る。
「・・・おー・・・?」
一目見た感じ、どうやら一条は今日も居ないようだった。
代わりに、異様な光景が広がっている。
「――あぁん、ご主人様。もっと、もっと強くお願いしますっ」
「――んんっ、私にも、どうか――」
「――はあぁんっっ――」
「――――――」
あられもない姿で嬌声をあげながら、無数の女子生徒がなまめかしい動きで一人の男に擦りついていく。そうして、その羨ま恨めしいただ一人の男子生徒は、それでもなお不満だと言わんばかりの不遜な表情を浮かべ、より縋る女子生徒をモノのように乱暴に扱っていた。
これまで自分のクラスや敷地内で見てきた無数のそれとは違う、異質な行為。恥を忍んでいえば「愛を確かめ合う行為」とは程遠い何かだと、俺は即座に判断する。
「――あ」
中心に居座る男子生徒は、俺の視線に気づいたようだった。
学校の椅子に偉そうに腰かけて、ただ女子生徒の奉仕に身をゆだねる不遜な輩。俺にはそんな風に見えた。
「――こそこそ見てないで入って来いよ、陰キャ」
なんだこいつ喧嘩売ってんのか、と心の中で言い返しながら、中に入るでもなく、放たれた言葉に反射的に頭を軽く下げてしまった。馬鹿、俺の負け犬癖が・・・ッ!
下唇を噛みしめる俺を見て興が乗ったのか、男は群がる女子生徒たちの胸や尻を無造作につかんだ。
「おいお前ら、もっと本気で奉仕しろ。――すぞ」
凡そ人に対して吐くべきではない言葉を吐きながら、彼を囲む女子生徒たちはその言葉に恍惚とした表情を浮かべ、その魅惑的な動きを更に加速させていく。
「あぁ、そうだ――それだ!――もっとだ、もっと!」
しばらく激しい動きが彼らの中で繰り広げられた後、唯我独尊を地でいくその男子生徒は、纏わりつく女性たちに導かれたように体を少し震わせた。
俺はその様をただ黙ってみていた。
「――ッ、ふーっ。もういい、下がれ」
そうして、奉仕の限りを尽くしてくれた女子生徒を無理くり引きはがし、教室の外――俺の方へ向かってきた。
いや待て、まずはパンツはけ。
「お前、名前はなんだ。誰の差し金だ」
ガラリと扉を開け、彼は開口一番に名を聞いてくる。パンツはけこの野郎。
「別に誰の差し金でもない、たまたま通りかかっただけだ」
一瞬秋庭の命令が思い起こされたが、女子高生の下着を盗みに来たわけではない。
「ふん」
男は俺のつまさきから頭までを一通り見た後、馬鹿にするかのように鼻で笑った。無茶苦茶腹立つな。
「羨ましそうに見られて悪い気はしねえが、残念ながら
SEP――Sexual Evaluation Points《性的接触による評価点》を略した言葉。この一週間で随分とまあ公用語のように知れ渡ったものだ。この学校内でしか通用しない言葉をそんな恥ずかしげもなく使うなよ、と思う。
「ポイント欲しさに見たわけじゃないが、気を悪くさせたなら悪かった」
羨ましいと思っていたわけでもないが、とりあえずこういうやつには謝っていくのが無難だろう。
「なんだ、俺に用があるわけじゃねえのか、珍しいな」
「・・・そんなに珍しいのか?」
あまりにも心底不思議そうな顔をするせいで、つい迂闊に質問してしまった。
「はぁ? 当たり前だ。俺が毎日こうやってSEPを稼いでいるのを見たら、どんな奴だって俺にポイント交渉を持ちかけてくる・・・それくらいわかるだろ」
ポイント交渉・・・なんだか秋庭もそんなことを言っていたような気がするな。性的接触による評価点――通称SEPとやらはこの島で唯一の資本であると同時に、生徒間での譲渡が許されている、というのは俺でも知っている。だが、俺には正直SEPを貯める必然性、必要性が全くもってまだ感じられなかった。
寮の飯を食えば金には困らないし、特別欲しいものもない。ただ平穏に学校生活を送って卒業できれば、それに越したことはない。
この学校は国からの多額の補助を受けているだけでなく、卒業時の恩恵は他の国公立高校を優に超える。大学進学補助金から企業優待、その先の就職先との仲介までが保障されることを考えれば、この学校を卒業すること自体に大きな意義があると言って差し支えないだろう。いわゆるブランドとか学歴とか言うやつである。
卒業さえできれば、人生イージーモードの切符が与えられる。
そういう観点から見て、このSEPとかいうポイントは何ら意味のないものに思えた。
「俺には生憎、そのポイントの重要性が分からないんでな」
「・・・は?」
俺の言葉に、ポカンと口を開いたままにする男。
信じられない、といった顔だ。
俺もお前が未だパンツをはいていないことが信じられないよ。
しかし、次の瞬間、度肝を抜かれるのは俺の方だった。
「お前・・・知らないのか? この学校で進級するにはSEPを100万ポイント以上所持していることが最低条件だ。来年3月までに10万ポイントに満たない生徒は自動的に退学だぞ・・・? 重要に決まってるだろ」
「・・・は?」
なんだって?
「退学になった生徒は寮を追い出され、本土へ出航する船にも載せてもらえず、この絶海の孤島で野垂れ死ぬしかなくなる。・・・まさか、ホントに知らなかったのか?」
「・・・・・・嘘、だろ・・・?」
いや聞いてない聞いてない。なにその超重要な情報。え、なにそれまじで、週刊誌の袋とじにでも書いてあったか? どこの週刊少年〇〇ジン?
正面に立つ男子生徒がパンツも穿かずその勇猛な剣先をこっちにむけていることなどお構いなしになるくらいに、俺の脳内回路は決壊寸前だった。
俺の世界は劇的に、性的に塗り替えられる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます