第4話 人助けはラブコメですか?
放課後。俺は大人しく教室で自席に座っていた。昨日も言ったが、テスト期間というだけあって、教室の中は妙な静けさに包まれている。別に静かにしないといけないわけではないのだが、ペンが滑る音が今は無数に響いている。
なお、俺は別に勉強するために残っているわけではないので、今日も窓から見える陽キャたちを眺めていた。彼彼女らは今日もグラウンドではしゃいでいる。
「ミカゲッチ! 遅くなってごめーん、ちょっと委員会の仕事で呼ばれちゃっててさ」
「ああ、大丈夫だ。委員会って、保健委員か?」
親見は俺の問いに「そうそう」と言いながら、俺の前の席に座って息を整えていた。・・・そこは他のクラスメイトの席なのだが、お構いなしだな。
「いやー聞いてよ、委員会の上級生がさ、僕に雑用ばっか押し付けてくるんだよね、校内全体の消毒液と手洗い石鹸の補充しろーって。酷くない?」
本当はとっとと葛西さん攻略作戦の第1手を進めたかったのだが、愚痴りたそうな親見の話を素直に聞いてやることにした。
「校内全体の、というのはかなりしんどいな」
俺たちが通う高校は、まだ比較的歴史が浅いわりに学問・スポーツに対する意識は高く、校舎設備には随分お金がかかっているようだった。
例えば、校内には図書室に隣接する形で「特別自習スペース」とやらが用意されていて、完全個室性&コンピューター一式が取り揃えられている部屋が無数に存在する。部活によっては校内合宿などもあるため、仮眠室としても使われる特別自習スペースにはシャワーまで取り付けられているらしい。・・・まあ、帰宅部の俺には今のところ無関係の話だが。
とにかくまあ、随分金のかかっているこの高校の敷地面積はそこらのモノとは比べ物にならず、その分管理も大変だということである。
「しかもさ、僕一人でやらせようとしてくるんだ。委員会には全学年、全クラスで合わせて50人近く人が居るのに、だよ? ひどすぎない?」
「それは流石に酷すぎるな・・・なんだ親見、恨まれるようなことでもしたのか?」
雑用の押し付けというかもはや懲罰に値しそうなレベルだ。俺の問いに親見はぎこちなく否定する。
「ち、チガウヨ、僕は何もしてないアルヨ」
無駄に意図的だな
俺のジト目に耐えられなくなったのか、親見は自ら白状する。
「・・・うぅ、大したことじゃないんだ、ちょっと可哀そうなDクラスの子が居たから、手助けしただけで・・・」
「・・・? どういうことだ? もう少し詳しく離してくれ」
てっきり親見が奇行に走って恨みを買ったものだとばかり思っていたが、そうではないようだ。――「曲がり角でぶつかってそのまま合体」、とかではなくて安心した。
「いや、だからさ、ホントに大したことじゃないんだけど――」
そういって、親見は事の詳細を話し出した。
内容はこうだ。――Dクラスの女子生徒はバスケ部に所属していて、超高校生級の実力の持ち主らしい。そんな彼女は勿論この高校でもバスケに所属し、入部してからわずか3か月でレギュラーの座を確保してしまった。3年生からすれば最後の夏大会予選直前ということもあって、そんな彼女が目障りで仕方ない。故に始まった彼女への陰湿な嫌がらせ。最初はバスケ部の練習にかかわる些細なことだったらしいが事態は拡大し、彼女の学校生活にまで影響を及ぼすようになってしまった。その先輩たちの悪事を親見がたまたま見かけて、首を突っ込んだ。
「・・・おまえ、ヒーローじゃん。すげえな」
尊敬と驚きの入り混じった賞賛が、無意識のうちに口から出ていた。いかにもありがちな話とはいえ、そこに実際に介入できる高校生など、どれだけ居ようか。
少なくとも、俺にはできない芸当だ。
しかし、親見は頭をかきながら「違うよ」と返してきた。さっきまでの片言の「チガウヨ」ではなかった。
「僕は何も出来てないよ。一条さんはまだ部活に復帰できてないみたいだし、話によると一条さんへの嫌がらせが完全になくなった訳じゃないみたいなんだ・・・僕がやったことは一時的な処置でしかなくて、寧ろ事態を悪化させてしまったかもしれなくて・・・」
言葉を重ねるごとに暗い口調になっていく親見。
「一条」、というのは親見が助けようとした生徒のことだ。
「まあ、それで親見にも被害が及ぶようになっちまったって意味では、何とも言えない結果かもな」
俺の言葉に親見は肩をガクリと落とす。
推察するに、嫌がらせグループの傘下と思われる人間が保健委員で、第二の標的となった親見を目の敵にしている、といったところだろうか。
「で、どうしたいんだ?」
少し待ってから、俺は親見に問う。話せば楽になる、終わりになるという事案じゃない。
「僕は・・・一条さんをちゃんと助けたいよ。僕に雑用が振ってくるのはまだ許せるけど、一条さんが部活の威復帰できるようにサポートしたい・・・」
親見はゆっくり顔を上げる。いつもの真っ直ぐな瞳が俺を見ていた。迷いも、淀みもない、純粋な視線には思いが籠っていた。
まあそりゃ、それくらいの思いがなきゃそもそも助けようなんて思わんわな。
俺は一息ついて、重い腰を上げた。
「――ったく。大したことじゃねえか・・・」
最初親見は「大したことじゃない」と言っていた割に、聞けば聞くほど大したことである。事の発端は「親見にたくさんの雑用が振ってきた」というただ一つの愚痴話だったのだが、風呂敷を広げすぎじゃないか・・・?
・・・・・・
もしかして、俺に詮索させれば、最終的にはこんな展開になるだろうということが親見には大方読めていたんじゃないだろうか。
「お前、最初からこうなると思ってたんじゃないのか?」
「へ? なんのこと?」
「・・・いや、なんでもない、じゃあ行こう」
「行くって、どこに?」
「決まってるだろ、一条って人のとこだ」
「・・・! ありがとう! ミカゲッチ!」
俺はそのまま教室を出る。親見は小走りで俺の横に並んだ。そして、聞いても居ないのに昨日呼んだラブコメの新刊について話し始めた。ラブコメでまさに今の状況と同じような展開があったのだという。さっきまで真面目な話をしていたというのに、緊張感のかけらもない男である。
・・・親見が展開を読めていた、なんて考えすぎか。俺の知っている親見秀秋という男は、真っ直ぐすぎて眩しいくらいのバカだ。それこそラブコメに熱中しすぎて、「ラブコメ世界に行きたい」なんて宣うくらいには。
だからというか、なんというか、俺にはできないことをやってのける親見だから、俺には出来ないことをやり続けてほしいと思ってしまう。
そしてそのための"道"は作ってやりたいと、俺に出来るのはその程度のことだと、そんな風に思うのだ。
ラブコメ世界に行きたいと思う親見に、現実世界でラブコメを見つけてほしいんだ。葛西攻略作戦も、その一環だ。残念ながらその作戦はまだ実行に移せそうにはないが。
「親見、お前やっぱスゲエよ」
誰かを助けようとした親友の行動を今更知ったが、それでもやはりちゃんと賞賛したくて、俺はつい言葉にしてしまった。
俺にはできないことを親見はやってのける。「ラブコメなんてこの世界にはない」って言いながら、心の底では、俺が唱え続ける「ラブコメの不在証明」をこいつに反証してほしい、そう思っていた。
漠然とした予感が、ゆっくりと確信に変わっていく。こいつは――親見は、俺の冷め切った世界観を壊してくれる男だ。
「え、そう? 僕の卓越したラブコメ知識に漸くミカゲッチも気付いてくれた? なら僕の教典であるLovEこ――」
「いやそっちじゃねえ」
「え、違うの・・・?」
ちげえよ・・・
相変わらずの親見に呆れながらも、いつも通りの親見に安心感を覚える。
「よし、じゃあ一条さんをまずは探して話でも――」
どうでもいい感傷に浸りつつ、お目当てのDクラスの教室に入ろうとした、その時だった。
「――あら、御影くんと親見くん、二人してどこにいくのかしら?」
「―――ッ」
「あ、秋庭さん?」
そこには俺の世界観を別の意味で壊した女――秋庭風香が小悪魔のようなやらしい笑みを浮かべて立っていた。
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