第5話 シリアスはラブコメですか?
「ぺっと――いえ、御影くんと親見くん、教室を間違えてるの? ここはDクラス、私たちのクラスじゃないわよ?」
おい、「ペット」って言いきってんじゃねえよ。「ぺっ」で切れよ。誤解される打ろ。・・・ほれみろ、親見が俺に耳打ちしやがる。
「――ねえミカゲッチ、秋庭さんのスカートから見える絶対領域、堪らないね。いつもより3ミリ拡張されてると見た」
目ん玉抉るぞ。親見の言葉を左から右に素通りさせて、俺は両の拳を握りしめた。
確かに秋庭のスカートとストッキングの境界が魅せる絶対領域は絶妙なスペースだが今はそれどころではないのだ。
「あら御影くん、どうしたの? 震えてるわよ?」
「ミカゲッチ、そんな興奮して・・・まさかっ!」
「親見くん、このペッ――いえ、ミカゲッチくんの様子に心当たりがあるの?」
「そ、そうなんだ、ミカゲッチは、興奮が頂点に到達すると・・・
――震えちゃうんだ!!!!」
「・・・もういいよ、おまえら・・・」
・・・真面目に考えるのがアホらしくなってきた・・・もう終わっていいか? 今日という日を終わっていいか?
よその教室の前で騒ぎ立てるわけにもいかず、ものすごくツッコミたい気持ちを抑えて、俺はDクラスの教室内を見渡した。男女合わせて10名程度が机に向かって必死にペンを動かしている。
「ミカゲッチ・・・?」
「ミカゲッチくん、誰か探しているの?」
親見と秋庭がようやく俺の意図に気付いたのか、真面目に話しかけてくる。が、無視した。
というか親見、お前は俺の行動意図を知ってるだろ、なんで訳わかんねえこと言ってんだよ。
「――うーん・・・」
「一条」らしき人物はパッと見では正直分からなかった。バスケ部でレギュラーを勝ち取るくらいだ、さぞオーラのある生徒なのだろうと思ってはいたが、全く見分けがつかないではないか。
「親見、お前の助けた一条さんは今教室に居るか?」
「え、ええ・・・?」
諦めて、親見に探してもらうとしようと思ったのだが、
「あ、ええと・・・その、僕も顔はあんまりちゃんと見たことが無いというか、人見知りで見れないというか・・・」
ポンコツコンビじゃねえか・・・ッ! 悲しい! 悲しいよ俺は!
心の中で泣き崩れたくなる俺に、秋庭が横からひょいっと顔をのぞかせる。
「助けたって・・・二人とも、どういうことなの?」
「お前には関係ねえよ、とっとと戻れ風紀委員」
「あら、そんな反抗的な態度をとっていいのかしら?」
秋庭は不敵な笑みを浮かべる。腹の立つ妖艶な表情に、俺は軽く舌打ちをした。
屈辱ながらも屈服せざるを得ない事情が、俺にはあるのだ。
「・・・親見がDクラスの女子を助けたいんだとさ」
「・・・助けたい?」
若干照れくさそうにする親見の前で、俺は事の経緯を端折って伝えた。秋庭は勘の鋭い女だ。50%の情報で110%くらいの真実を得たようにも見える。
「なるほど、だからDクラスに」
ようやく少しだけ真面目な顔を見せた秋庭。腕組みしながら教室の中に目を遣った。
「私の見た感じ、一条さんは今クラスに居ないみたいだけど」
なにこの神、すごいんだけど。一目で我々ポンコツコンビを救ってくれたんだけど。
「・・・よく分かるな」
風紀委員なら当たり前よ、とメガネをくいっっと上げた。
「だから御影くんのような影の薄い、いえ、存在が希薄な人間のことだって把握できるのよ」
「余計なお世話だっつうの」
というか、なんでより悪口になるような言葉を使いやがったんだ・・・存在が希薄とか俺がまともな人間だったら泣いてるぞ。
まあ、秋庭への湧き上がる憎悪は置いておくとして。
一条が居ないというのでは困った。当初のプランとしては
①一条と話して事情をヒアリング
②状況に沿って打開策を検討
③ハイ、解決
という少女漫画もビックリの見通し甘々ガバガバプランを用意していたのだが、まさか①から頓挫するとは・・・
「というか、一条さんに直接会って、どうするつもりだったの?」
俺の脳内を読み取ったのか、秋庭が口を挟んでくる。幸い、俺たちがいるDクラス前の廊下は人通りが少なく、誰かに――それこそ虐めグループの上級生――に聞かれることはなさそうだった。・・・Dクラスの人間からは徐々に存在を気付かれつつあるので逃げ出したくもなるが・・・
「どうするって、そりゃあまあ事情を詳しく聞いて・・・」
「聞いて?」
妙に語気が強い秋庭。
「聞いて、まあ、そのなんだ、一条さんに嫌がらせをしてる上級生を・・・」
「上級生を、どうするの?」
更に強い語勢で、念を押すかのように。
「御影くんが上級生をどうするっていうの?
いえ、言い直すわ――"どうできる"っていうの?」
見かねた親見があわあわしながら言葉を紡ぐ。
「あ、あああああ秋庭さん・・・ミカゲッチは僕の為に・・・」
「親見くんは黙ってて。これは私と彼の問題よ」
「・・・・・・」
ピシャリ、と廊下に静寂が訪れる。
俺は、何も言い返せなかった。反論が出てこないわけではない。俺が上級生を懲らしめてやる、そのくらい言ってやっても良いもんだ。
本来、そのくらいの気概で来ているべきなのだから。
・・・嫌になるね、まったく。
「やっぱりそうだったのね・・・。御影くん、あなたの正義感を否定するつもりはないけれど、この高校ではその正義感が仇になることを、他の誰でもないあなた自身が痛感しているんじゃなかったのかしら?」
冷えた言葉を投げかけ続ける秋庭の顔を見ることもなく、俺はただその言葉を聞いていた。そのどれもが核心を付いているのは、言うまでもない。
さっきまで俺のことをペットとか言ってたやつの発言とは思えないね。
「まあ、親見くんを連れてきているあたり、あなたの腹積もりはある程度読めるけれど、――それでもやっぱり、無謀で愚かだわ」
「・・・んなことは分かってんだよ」
言われっぱなしも癪なので、言い返すが敗北宣言みたいであまりにも弱弱しい。
"無謀で愚か"、言い得て妙である。
「後先考えずに突っ走るのが好きね・・・呆れるわ」
「後先考えて、何も出来なくなる方が嫌なんでね」
どうせ八方塞がりな俺の高校生活において
「行動しないこと」
は
「失敗すること」
よりも無駄で、無意味だと思ったんだがな。
真正面から「愚か」と言われると、やはり来るものがあることは否めない。
「え、ええと、秋庭さん、ミカゲッチ。ちょっと話に全然ついていけないんだけど・・・」
親見が俺と秋庭を交互に見て困惑しているようだった。
「・・・御影くん、彼にも話してないの?」
秋庭は、もうこれ以上呆れようがない、と言わんばかりの顔だった。
そのまま親見の方に向かって手を伸ばす。「さあ、話しなさい」という合図だろう。
「・・・・・・」
話そうとは思ったさ。
案外、人の悩みや苦しいことってのは「楽しく生きている人間」の前には現れづらいものなのである。
「類は友を呼ぶ」なんて言葉を作った人間を、俺は許さない。
これは、プロローグにもならない、ただのしょうもない出来事だ。
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