第11話 屋上の〇〇コメ?
怒涛のHRが過ぎ去って昼休み。俺は屋上に来ていた。
この学校は今どきにしては珍しく、\安全面に最大限の配慮をした上で、屋上を開放している。強固な鉄柵や万が一に落ちても助かるようにセーフティーネットまで備えられており、万全の態勢だ。入学したての頃は、なんと生徒思いの学校なのだと感心してしまったものである。
・・・今思えば、それもこの時のためだったのであろう。
耳を澄ますまでもなく、何かと何かがぶつかりあう音が聞こえてくる。ビンタでもするような、皮膚と皮膚のぶつかりあう音。そうして漏れ出る男女の淫靡な声。
「・・・お盛んなこった・・・」
屋上で情事を貪るカップルが1組・・・いや、声の種類的には2組か? 姿は見えない(探す気もない)ため、確証はないがお昼休みの休憩(意味深)をしているらしい。
「ここで昼飯食うの、今日で最後にしよう」
屋上の手すりに寄りかかり、購買で買ってきたプレミアムあんパンとコーヒー牛乳を口に運ぶ。吹き抜ける風と口内に広がる甘味を感じるこの時間が俺にとって至福だったのに・・・最愛の昼食スポットがまさかこんな形で汚されてしまうとは。ガクリと肩を落とす。
「にしても、いきなり訳わかんねえんだよなあ・・・」
生徒手帳を取り出して開いてみた。相変わらず、評価点とやらは0のままだ。性的接触によって付与される評価点、これがどれだけの価値を持つものなのかは正直分からない。理事長は「この島で唯一の資本」と言っていた。つまり「評価点=金」ということなのだろうか。
この高校は本土が霞んで見えるほど遠くの孤島に設立された特別な全寮制私立高校だ。元々「何かしら特殊な要素」は孕んでいると読んでいたが、まさかこんな倫理観ぶち抜きルールとは・・・恐れ入った。
ともかく、この島には一般的な商業施設や娯楽施設、公的機関と呼べるものがほぼ存在しない。入学してからのこの2カ月、俺たち生徒は何不自由なく寮での生活を送ってきた。寮、といってもビジネスホテルの個室のような設備の部屋が個々人に用意されている超好待遇なわけだが。そんな生活の中で『評価点』が必要になってくるのだろうか・・・
現状では、この島で唯一の資本を俺たちが集める必要性が感じられないな・・・
良く分からん疑問が俺を悶々とさせる。
だが、学校側が性的接触を推奨しているという間違いなく異常な傾向は、嘘ではないことは明白だった。
目の前で起きている情事と、昨日の一条や、一昨日の鬼島、そして――
「あら、こんなとこでお昼ご飯を食べれるなんて、随分変わった嗜好の持ち主なのね、御影くん」
あの日俺に文字通り纏わりついてきた風紀委員――秋庭風香
屋上の扉を開け、乱れ狂う生徒たちを一瞥してから、こちらに歩みを進めてくる。その顔に、不敵な笑みを浮かべつつ。
「・・・何しに来たんだよ、風紀委員。俺より先に声をかけるべき相手がいるだろ」
「いいえ、校内での性的接触は理事長が言ったように、この学校に敷地内では何の問題もない行為よ。注意する必要は全くないわ」
「じゃあ風紀ってなんなんだよ・・・」
風紀の風は、風俗の風じゃねえのか・・・? 乱れまくってないですか? ほらそこの男子生徒なんかもう体震えて――あ、ほら。
「他人の性行為を堂々と見るのが趣味だなんて、随分特殊な性癖なのね」
「お前に言われたくねえよ。そして俺だって別に見たくてここに居るわけじゃねえ、結果としてそうなっただけだ」
イラつきながらあんパンを貪る。ふんっ! つくづく癪に障る女だぜ!
「結果として・・・ね。まあ、その思考はこの学校では必要なものかもしれないわ」
「はあ・・・?」
「もう、気付いているんでしょう? 一昨日、理科準備室前で、私があなたに接触した理由」
「・・・」
一昨日の理科準備室、――鬼島倫太郎の情事をかくかくしかじかで発見してしまったあの日のことを言っているのだろう。
「性的接触によって評価点を付与される・・・私があの日得たポイントがこれよ」
言って、秋庭は生徒手帳を開いて突き出して見せた。警察手帳じゃあるまいし。
「・・・6000ポイント」
高いのか安いのかは正直分からない。1ポイント=1円なら、まあそりゃバカ高いが評価基準も読めないしな。
「あのルールが適用されるのは私たちが入学した4月1日にまで遡及して配布されるわ。実質的にはフライングだけどね。多分他のクラスの一部生徒たちも私と同じようなことをしてるでしょうね」
・・・確かに、そういう観点から見れば、この学校で「情事」が当たり前のように見えていたのにも頷ける。だが――
「どうして、お前や他の一部の生徒たちはその情報を知っていたんだ?」
『性的接触による評価点の付与』なんて馬鹿げた話が、正式に生徒に伝達されたのは今朝のHRであり、クラスの混乱ぶりを見てもそんな情報を事前に仕入れられたのには何か特別な理由があったに違いない。俺の言葉に秋庭はまた悪戯っぽく笑った。
「さあ、なぜでしょうね? そうだ、評価点のポイントで交渉する?」
なるほど、評価点のポイントによる交渉・・・そういうことが出来るのか。素直に感心しつつ、俺は自分の生徒手帳を開示した。見せても減るものでもないしな。
「残念ながら、俺のような人間は余裕で0ポイントだ。渡すポイントがそもそもない」
俺が見せびらかした「0」ポイントを、秋庭はなぜかしばらくの間凝視していた。
「え・・・まさか・・・いやでも・・・そんなことが・・・」
「一人で楽しんでるとこ悪いが、種も仕掛けもない0ポイントだぞ・・・」
さもとんでもない仕掛けが隠れているかのように驚くな。なにもねえよ。
俺の言葉に、秋庭も少し動揺しながら返答する。
「え、ええ、そうね。種も仕掛けもない、ただの0ポイント・・・」
なんだこいつ、煽ってんのか? 0はいくらみても0だろうがよ!
情事を終えた生徒たちがそそくさと退散していくシュールな光景の中。
秋庭は僅かの間考える姿勢を見せた後、意を決したかのように切り出した。
「――ねえ、御影くん。これはあなたにしかお願いできないのだけど――」
屋上に時折吹くやや強めな風が、秋庭の髪をたなびかせる。メガネの奥の瞳が
宿すその謎めかしさに、俺は一瞬心を奪われる。
瞬間、秋庭は体を俺にグッと近づけ、耳元で囁いた。
「――この学校で、私と手を組まない?」
鼻孔をくすぐる柔らかい香りに、悪魔のささやき。
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