第58話 Entry
「そうと決まれば話は早いわね、さあ、3人で一緒に行きましょうか」
ニョキっと秋庭が、俺と藍沢の間に現れた。
目にもとまらぬ速さである。
「お、――おい秋庭、お前どっから現れた!!」
「さっきぶりね御影くん。どこからって勿論、教室の外からここまで来たのだけど、それ以外何かある?」
「そういう意味じゃねえ・・・言葉を文字通り受け取んなよ・・・」
WhereじゃなくてWhyを聞きたかったんだがな・・・
「言葉に文字通り以外の意味なんてあるかしら? あるとするならそれは傲慢よ。伝えるべきことは言葉にして、形にして伝えないと意味がないわ」
「・・・」
至極まっとうなご意見である。
「――と、そんなことより・・・」
閉口する俺をよそに、秋庭は未だ状況が読めず固まっている藍沢の艶やかな黒髪を撫ではじめた。
「ひやっ!?」
当然、藍沢は驚きの声をあげる。
「二度目ましてですね、藍沢唯華さん。私は一年生の秋庭と言います。以後お見知りおきを・・・」
自己紹介しながらも藍沢の髪をめでる様子に変わりはない。藍沢は戸惑っている。
「あ、え、はわわわああ・・・あ、秋庭さん・・・だね、よ、よろしく・・・」
目の中が渦を巻いている人間を、現実世界で初めて見たな・・・どんだけ混乱してんだよ藍沢は・・・
「ごめんなさいね藍沢さん。話は勝手に聞かせてもらったわ。でも安心して、私も貴方の力になりたいの」
藍沢の両手を自らの両手で包み込み、真摯な眼差しを向ける秋庭。
まあ、秋庭はそもそも藍沢の諸事情をある程度予想していたのだろうから、この展開は予想通りだったのかもしれない。
ひとまず、藍沢と秋庭と俺の三人で今後の話をする。
ゴールは簡単、現SEP制度の廃止だ。
一筋縄ではいかないだろうが、藍沢の話を聞く限り、不可能ではなさそうだった。
大雑把な行動指針を3人で共有し合意する。
そうこうしているうちにすっかり日は暮れて校舎の中にも夜が訪れていた。
「あらもうこんな時間。そろそろ帰りましょうか?」
「そうだね、もう真っ暗・・・帰ろっか」
「うす」
3人同時に立ち上がり、各々の荷物を持って帰り支度を始める。
俺はそんな中、秋庭がこの教室に入ってからずっと机に置いたままにしていたノートが気になった。
「そういや藍沢、そのノートは何だったんだ? 大事そうにずっと持ってたけど」
俺は藍沢に問いかける。彼女が教室に入ってから今の今まで一度も開くことのなかった謎のノート。表紙には特に何も書かれていないが、どこか全体的に年季の入った雰囲気を醸し出す様相だった。
「あ、これは・・・」
一瞬、間があって
「大丈夫、何でもないよ――もう必要ないから」
「・・・必要ない?」
ノートに対してそんな物言いはあるのだろうか? いや、確かにもう使い古したノートなのであればまだ理解できる。
しかし、大事に持っていたソレを、この場で一度も開くことなく「不必要なもの」だと言い切る理由が良く分からなかった。
一時的な効力を持つお守り、みたいなものだったのだろうか。
「うん、大丈夫。ちゃんと、前に進めるから」
「・・・?」
話がかみ合ってない気もするが、藍沢が満足そうな顔をしていたのでそれ以上は何も言わなかった。
少なくとも、この教室を訪れた時よりかは顔色が良くなっているようだった。心なしか声色も高い気がする。
「ありがとう、トウマ」
突然俺を見て微笑む藍沢に、ドキリとさせられる。
「・・・まだなんもしてねえよ」
小柄なのに、そのほほえみは随分大人びて見えた。
下から見上げるような姿勢で、彼女は俺の視線を捉える
「私が言いたくなっただから勝手に言わせてください。ありがとう、トウマ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おう、こちらこそ」
「ふふっ、トウマってかっこつける割に面と向かって褒められると照れるんですね。ちょっとかわいいです」
「かわいいとかいうな、そして照れてねえから!」
必死かつ無様な抵抗である。
やれやれだね、俺。
「あら御影君、私にはいつも反抗的な態度なのに藍沢さんのような小動物のかよわカワイイ女性には優しいのね」
「うっ」
秋庭が横から言葉の槍を容赦なく突き刺してくる。
なんでこいつ事あるごとに嫉妬してくんだよ・・・
「藍沢さん、こんな根暗陰キャクソ野郎に気を許さない方がいいわよ。いつか足元じゃなくてスカートをめくられるわ」
「ええっ? そ、そんな卑猥なことされちゃうんですか?」
「本当よ、だから気を付けて」
「おい根も葉もないうわさを本人の前で流すな。酷い風評被害だ」
誰がスカートなんかめくるか、犯罪行為やぞ。
というか藍沢のあのビデオ見る限りスカートめくられるなんて朝飯どころか流動食だろ。あってないようなものだろ。
秋庭に背を向けつつ、俺は断固としてそんなことをする人間ではないことを主張する。
「ったく、いい加減なこと言うなよな秋庭、俺はいつだって紳士――」
「御影君は私の体中にサンオイルを――」
「――秋庭さんすみませんでしたあっ!!!!!!」
瞬く間に俺はきれいな直角を体で象って、秋庭に対面して頭を下げていた。
言葉を遮るように大声をあげながら。
「分かればよろしい、ふん」
ぐっ、このくそアマめ!!! 卑怯だ!
「す、すごい秋庭さん・・・トウマの手綱を握ってる・・・」
顔をあげるとなぜか目を輝かしている藍沢がいた・・・
俺別に馬でもねえし、暴れてもねえだろ・・・
「さ、ホントにそろそろ帰りましょう、もう下校時間はとっくに過ぎてるわ」
「だな」
「だね」
3人そろって教室を出る。
夜の空気を吸い込んだままの廊下は静けさに満ちていた。
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