第56話 Hypnosis 3

「藍沢さん、大丈夫? さっきからずっと突っ立ってぼーっとしてるけど・・・」


「へっ!?」


 年配の男性教諭がかけてきた声で、我に返る。


 え、なに、どうなった!?


 いつの間にか、私は職員室を出ていた。抱えていたノートはすでに提出済みで、月山さんの姿は勿論、鬼島と萌ちゃんの姿も忽然と消えていた。

 家に帰っても、あの光景が脳裏に焼き付いて離れなかった。


 そして、あの日見た光景のことを、誰かに伝えるべきか悩んだ。

 

 きっと何か良からぬことが起ころうとしているんだということだけは確かだったから。

 でも真面目な私は、不用意に波風が立つことは言えない。


 あの日の異様な光景も、月山さんの朧げな言葉も、全てが曖昧な記憶に消えていく。


 そんな風に迷っているうちに、その時は訪れた。

 あの日から僅か一週間が経った日。


 Study Evaluation Points(は、


 Sexual Evaluation Pointsへと変貌を遂げた。


 皮肉にも、何でも叶えられるルールによって、ルールそのものが書き換えられてしまったという訳だ。


 とはいえ"性的接触による評価ポイント" という意味不明かつタガの外れたルールは、当初学校全体から大きな反感を買った。当たり前だ、誰もが突然の変化を受け入れられるわけはない。


 しかし、生徒会長である月山が主導したSEPの権利行使によって生徒全員に義務付けられた「意識改革」と「特別授業の受講」。この影響が大きかった。


 特別授業を受けた生徒は悉くそれまでの意見を覆し、新制度に迎合したのである。授業で流される映像には「赤い紋章」が映し出されていて、「洗脳」だなんだという生徒の声もあったが、そんなことを言う生徒も次第に消えていった。


 皆の価値観が徐々に、だが確かに狂っていった。

 それはありとあらゆる業の集合体。

 承認欲求、嫉妬、強欲さ、劣等感、群れの意識。

 醜悪なヒトの感情が、彼の思惑通りに事を運ばせた。


 そうして速やかに浸透していった新制度は、学習評価ポイントと同じように、生徒たちの行動を規範化した。

 それに伴って、神聖視される対象は「勉強が出来る真面目な生徒」から、「誰にでも体を許すふしだらな生徒」に変わっていく。


「――藍沢さん、もし良かったなんだけど、乱交俱楽部入らない?」


 私が乱交倶楽部に声をかけられたのは、それから1カ月近く経ったころ。

 入部を決断するのに、時間はかからなかった。

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