第25話 Nego
「ちゃーんと、見ててね♡」
葛西の歪んだ笑みが俺の交わるべく近づいた、その時だった。
パシャリ
「――はい、これで一丁あがりね」
まばゆい光と共に、シャッター音が切られる。
蕩けるような表情だった葛西は、血相を変えて音の方へ振り返った。
「誰!?」
葛西の視線の先――扉の前には、黒の水着を着た秋庭が立っていた。開けられた扉からは外界からの光が差し込んでいる。
「あ、秋庭・・・?」
一向に状況が読めないでいる俺もつい彼女の名前を口にする。
あれ? あなた俺を痴漢扱いしてましたよね?
「秋庭風香・・・な、なぜここにッ!」
取り繕うでもなく、普段の姿からは想像的ない獣のような声で吠える葛西。だが、秋庭はその姿に一切動じていないようだった。
「あら葛西さんだったの、ごめんなさい。面白そうなことしてるもんだから、つい写真撮っちゃった」
言って、首にぶら下げたデジタルカメラを見せつける。本当はサンオイル計画の一環で使う予定だった備品だ・・・
「しゃ、写真・・・?」
「まさかビーチから離れたこんな小屋で、学校きっての美女と痴漢魔が交わってるなんてね。大スクープだわ」
俺は秋庭の中では痴漢魔らしい。不名誉である。
「こ、これは・・・色々事情が・・・」
「事情? 痴漢魔と情事を貪るのに理由があるのかしら?」
「・・・ッ」
徐々に委縮していく葛西に秋庭は口撃の手を緩めることはない。
「第一、裸のあなたと柱に縛り付けらてる痴漢魔。これって何がどう転んでもおかしな状況じゃない? そうね、例えば・・・
――葛西さんがこの痴漢魔に好意を持ってた、とか? だから私と御影くんがイチャついてるのを――」
「違う!」
「何が違うの?」
その言葉を待っていたと言わんばかりに秋庭は葛西との距離を詰め、そのままデジタルに保存されている画像を突き出す。
「この画像。バカでかいお胸とお尻で、御影くんと密着してるあなたが映ってますけど?」
「・・・こ、こんなこと・・・許されない・・・」
漸く普段の葛西に戻りつつある中、秋庭は自らの胸を葛西の胸に押し付けた。
ぶるん、と二人の胸が弾けて、揺れる。
「許されない? そうかしら。この特殊な性行為も、私が行った撮影行為もSEPの制度で等しく認められている行為よね?」
「これは盗撮だよ・・・!」
「――"他者の性的接触を撮影する行為については、個人利用に限ってはこれを認める。また、自室や専用施設以外での性的接触を撮影する場合はこの限りではない"
――これ、生徒手帳にも書いてあるわ。要は、こんな所でヤッてるあなたたちに、肖像権なんて認められないの。わかる?」
「・・・」
完全に沈黙する葛西。
そんな校則あったのか。
というか、さっき撮った写真に俺の局部写ってるかもしれないよね・・・葛西はまだしも俺の人権は・・・?
「あーそう、そう言うつもりなわけ・・・わかった。何が目的?」
葛西は開き直る。その反動で、また二人の双房が弾けて大きく揺れる。
俺は一体何を見せられているんだ・・・?
「ふふ、話が早くて助かるわ。そうね、とりあえずはあなたの持ってるSEPを多少分けてもらえないかしら? この場は一旦それで手打ちにしましょう?」
なんだかよく分からないが、秋庭が圧倒的に場を支配している。
「・・・多少ってどのくらいなの?」
「100万ポイントでいいわ」
一瞬固まる葛西。
100万ポイント? 交渉下手? 馬鹿? と思っているのだろう。俺もそう思う。
現時点では、理論上どれだけ頑張っても10万ポイント程度しか稼げないはずだ。Dクラスの冴葉大雅でさえ、100万ポイントは持っていないだろう。
葛西も俺と同じ思考に至ったようで、その無謀さに反論する。
「そんなにたくさん持ってるわけない・・・無理だよ」
「理論で考える前に、今のポイント見てみたらどうかしら?」
「・・・一体何を企んでいるの・・・」
余裕の表情を浮かべる秋庭を訝しみつつ、葛西は自らの生徒手帳をラッシュガードのポケットから取り出した。なんか絶妙なデジャブだな・・・
そして、生徒手帳を開いた葛西の目が大きく開かれる。
「――――ッ! 嘘でしょ・・・ど、どうしてこんなことが・・・」
「どう? 払えそうでしょ?」
秋庭の問いに、葛西は小さく頷いた。
「じゃあ、話はこれで決まりね。ポイントの振り込み先は後で連絡させてもらうわ。直接のやり取りを行うには少し大きなポイントだしね」
「か、彼は・・・どうするの?」
ふむ、漸く俺の処遇をどうするか、という最大の検討事項に触れてくれるわけだな。局部を露出したまま美女二人に見られている状況は全くもって最悪だが、縛られてしまっていてはどうしようもない。
「あー、まあ適当にどうにかするわ。とにかく葛西さんは服を着て今日はとっとと帰って頂戴。他の生徒に不審がられて困るのはあなただけでしょう?」
・・・? 適当にどうにかする?
俺が一抹の不安に駆られている間に、葛西は服を着直して、逃げるように去っていった。
去り際――
「御影くん、この借りは必ず返すからね」
と言っていた。
待ってほしい、俺に借りはないだろう。俺何もしてないじゃん。してやられた側なんですが・・・?
秋庭と俺の二人になった部屋は、もう完全に夜の空気を吸い込んで、暗く静かになっていた。
「・・・秋庭、お前――」
「御影くん、とっととその汚らしいものをしまってくれる?」
俺の下半身をイヤそうな顔で指さす秋庭。
「両手縛られてるんですが・・・というか俺を助けに来たんじゃねえのか?」
「どうして痴漢を助けるの?」
「・・・」
「冗談よ、ヤリすぎだとは思ったけど・・・その・・・だったし・・・」
秋庭は渋々俺を縛り付けていた縄をほどきながら、口ごもる。
「ん? なんだって?」
「・・・良かったから」
「・・・あ? 良かったって何がだよ」
「・・・気持ち良かったの! 馬鹿! 死になさい!」
「おぶらぶぼえっ!!!」
突然のビンタ。
猛烈な痛みに、瞳から涙がこぼれそうになる。
「でもこれで、SEP破壊への一歩は踏みだせた。よくやったわ、御影くん」
「飴と鞭の使い方間違えてるだろこの野郎・・・」
「飴は葛西さんから散々貰ったでしょう? 私からは鞭のプレゼント――」
「ひいっ!!! 二連発はやめてええええええ!!! 何か怒ってるぅうぅっぅぅぅぅぅぅ???」
「別に葛西さんと淫らなことをしたから怒ってるとかじゃないわ、そうよ、これは不可抗力だから――って、待ちなさいっ!」
ビンタを続けようとする秋庭から逃げるように小屋から飛び出し、砂浜を駆ける。
「不可抗力でビンタってなんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
叫びながら走る夜の海辺は潮の香りがした。
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