第26話 After

 海辺のサンオイル痴漢冤罪事件後。

 俺の学校生活は何一つ変わらなかった。

 秋庭には葛西から多額のポイントが振り込まれたらしく、それに伴って俺の痴漢容疑も晴れたと言って問題なさそうだった。登校しても俺のこれまで通りのボッチな日常が存在することが、何よりも顕著な証明だろう。

 まあ、葛西は俺を退学させようとしていた訳ではなさそうだったし、そもそも杞憂だったのかもしれないが。


「御影くん、放課後ツラ貸してもらえる?」


「ツラって・・・ヤンキーかよ・・・別に空いてるが」


「はぁ。ツラを貸せるだけ感謝しなさいよ」


「なんで呼び出されて感謝しなきゃいけねえんだよ・・・」


 相変わらずな暴君風紀委員の秋庭。

 しかし、先日の窮地を救ってくれた秋庭には少し借りがあるのも事実。


「で、ツラ貸せってどこに行きゃいいんだ?」


 腕組みして仁王立ちの秋庭は窓からグラウンドを眺めていた。

 視線を追う。


「場所は特別自習スペース291号室。・・・葛西さんがあなたに話があると言っていたわ」


 特別自習スペースとは、完全個室性&コンピューター一式が取り揃えられている事前予約性の校内設備だ。俺には縁もゆかりもない設備だと思っていたが・・・いや、本題はそちらではない。

 呼び出し人が葛西一葉である、という点が大問題である。


「・・・」


 スゴイ乗り気がしないな・・・今すぐにでも前言撤回して断りたくなってきた。


「男に二言はないわよね?」


 心を読まれていたらしい。退路はないのか・・・


「そんな心配することないわ。学校で会う分には彼女も突飛なことは出来ないでしょうし、何より彼女は単にあの日――いえ、これは私の口から言うべきことではないかしらね」


「なんだよ妙なとこで言葉を濁しやがって・・・結構怖いんだぜ? 縛られたまま強制的に辱めを受けさせられるの」


 結果としては役得だったとはいえ、身動きの取れない状態で呼吸も制限されるくらい押しつぶされる恐怖というのは言葉にしがたいものがある。


「強制的に辱めを受けさせる・・・どこぞのサンオイル塗り痴漢野郎もそんなことをしていた気もするわね」


「ごめんなさい――ッ!」


 俺も加害者だった。速攻で机に頭をこすり付け謝罪する。

 更に、秋庭の手によって俺の頭は机に抑えつけられる。


「・・・まったく、こんな男のどこがいいのかしらね」


「――あぎばざん、ばなじでぐだざい・・・」


 喋ろうにも、机とキスしていてはまともに話せもしない。

 数十秒経ってから俺の頭は解放され、秋庭に向き直す。


「つっても、葛西が俺に用ってなんだろうな・・・こえー」


「・・・本気で言ってるの?」


「え、いや本気だが・・・?」


「・・・無事に帰ってこれるといいわね」


「おいどういうことだよ! 怖すぎるだろ!」


 秋庭はやれやれ、といわんばかりに首を横に振ってから、自席へと戻っていった。

 彼女の席は、ここ数日欠席している親見の席から、更に後方の席だ。俺とは同列。

 席に着いた彼女は、伝える気のなさそうな声量でボソリと呟いた。


「鈍感さは時に憎悪の対象になる、ということよ」


 頬杖を突きながら外を眺める秋庭。

 憂い交じりの彼女の表情は、ぞろぞろと登校してきたクラスメイトたちの大群にすぐに掻き消された。

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